第34話

もう1度あの男性を探すことになってしまったが、探し出すまでにそう時間はかからないだろうと考えていた。



なんせ相手の会社はすでに知っているのだ。



今回も前回と同じようにしてドーナツ屋で彼が出てくるのを待てばいい。



「アリス、楽しい?」



目の前でコーヒーを飲んでいるカイが質問してくる。



「うん。楽しいよ」



返事をしながらもアリスの視線はカイよりも窓の外の会社へ向けられていた。



まだ終了時間には早くて誰も出てくる気配はない。



「これを食べたら映画でも見に行かないか? とてもおもしろい映画を上映しているみたいなんだ」



「ごめん。映画って気分じゃないんだ」



のんびり映画なんて見ていて、男性を見逃してしまっては意味がない。



ここから動くのは、彼を見つけたときだけだ。



しかし、会社が終わる5時を過ぎてたくさんの社員たちが表へ出てきても、彼の姿は見えなかった。



ドーナツ屋を出て近くで様子を伺ってみても、やっぱりいない。



もしかしたら今日は残業でもしているんだろうか。



だとすると何時に戻ってくるかわからない。



「ねぇアリス、晩ごはんはどうする? なんでもおごってあげるよ」



「ありがとう。でもコンビニのおにぎりでいいから」



アリスはカイに何を話しかけられても上の空だった。



適当に相槌をうち、適当に受け流し、ちょっと会話が長いとつい怒鳴って黙らせてしまう。



だって仕方がない。



今は彼を探しているんだから。



カイが買ってきてくれたおにぎりを口に入れて、また監視を再開する。



けれど結局彼が会社から出てくることはなかったのだった。


☆☆☆


どうしてだろう。



どうして彼は会社から出てこないんだろう?



もしかしてとっくに退社してしまっていて、気が付かなかった?



ビルを見上げてみると電気はすべて消えていて誰も残っていないことを物語っている。



「そろそろ帰ろうかアリサ」



カイにそう声をかけられても返事すらできなかったのだった。


☆☆☆


それからもアリスはカイと共に相手の男性を探し続けた。



しかし、彼が出てきたはずのビルを確認していても一向に見つけることができない。



もしかしたらこのビルの社員じゃなくて、取引先の人とか出張に来ていた人だったのかもしれない。



3日間ほどビルに張り付いていてもなんの成果もなくて落ち込んでいたとき、カイがそっと手を握りしめてきた。



「アリス、大丈夫?」



そう言ってアリスの顔を覗き込んでくるカイは本気で心配している様子だ。



「うん……」



曖昧な表情で頷いてみせるが、それでは納得しないようで「体調が悪い? 少し休憩する?」と質問を続ける。



「大丈夫だよ。でも少し疲れたからファミレスにでも入ろうかな」



アリスは無理矢理微笑んでそう答えたのだった。



それから2人は近くのファミレスに入って、アリスは温かいココアを注文した。



一口飲むとトゲトゲしていた心が少し和らぐのを感じる。



アリスの前の席に座ったカイは大きなかき氷を注文して、大きな口でそれをほおばった。



途端に顔をしかめて「頭が痛い」とこめかみを押さえる。



その姿を見てアリスはつい吹き出してしまった。



「かき氷をそんなに大口で食べるからじゃん」



「だって、美味しそうでつい」



頭が痛いと言いながらもどんどんかき氷を口に運んでいく。



相当美味しいのだろうと思うとアリスの喉が鳴った。



「一口食べる?」



スプーンにイチゴのかき氷をのっけて首を傾げて聞いてくる。



温かいココアを飲んでいる最中だけれど、まぁいっか。



アリスはあーんと口を開けてかき氷を食べさせてもらった。



口の中が冷たさとイチゴシロップの甘さでいっぱいになり、幸せな気分で満たされる。



「よかった。やっと笑った」



「え?」



アリスはカイの言葉に驚いて視線を向けた。

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