第32話

「それでもおかしいよ。大人がやることじゃない」



「ちょっとケンタ君やめてよ、私の彼氏がおかしいみたいに言わないで」



ついキツイ口調になってしまう。



大人とか子供とか年齢差なんて関係ない。



どうしてそれを理解してくれないんだろう。



「もういいよ。もうわかったから」



今までうつむいていたキユナが顔をあげて言った。



その目は赤く充血していて、涙を我慢していたということがわかった。



「キユナ?」



まさか泣いてしまうなんて思っていなくてアリスは焦る。



けれどキユナは背を向けてしまった。



「もういいから、帰ろうよ」



それはアリスへ向けて言われた言葉だった。



「無理だよ。私はカイと一緒に帰るから」



これは悪気があって言った言葉ではなかった。



クローン人間は購入者の隣で眠ると、あのお店で説明を受けたからだ。



でもそれは口には出せなかった。



もしクローン人間を買っただなんてバレたら、バカにされるに決まっている。



キユナの勝ち誇った顔を思い浮かべて唇を引き結ぶ。



「あぁそう。じゃあ好きにすれば」



キユナは吐き捨てるように言ってあるき出す。



その後を慌ててケンタが追いかけていく。



アリスは2人の背中が見えなくなるまで送って、大きく息を吐き出した。



とりあえず成功した。



ケンタよりも数倍カッコイイ彼氏をキユナに見せつけることができたんだから。



キユナの充血した目を思い出すと少しだけ胸が痛んだけれど、時間を巻き戻すことはできない。



もう、やってしまったことなんだ。



「私たちも帰ろうか」



カイに声をかけてあるき出す。



こうして歩いているだけでカイはいろんな女性から視線を向けられる。



通りすがる女性が「カッコイイ」とつぶやいているのが聞こえる。



そのことに優越感を覚えながら歩いていると、ふとカイの首元が気になった。



サラリとした髪の毛の奥、首の裏柄になにか見えた気がしたのだ。



「カイ、少ししゃがんでみて」



そう言うと、カイは素直に従った。



カイは基本的にはアリスの言うことをすべて聞いてくれる。



あのお店で聞いたような、言うことをきかなくなるような現象は今のところ起こっていない。



しゃがみこんでくれたカイの後頭部がすぐ目の前にくる。



アリスは少し躊躇したあと、手を伸ばしてそっとカイの髪の毛をかきあげてみた。



すると髪の毛で隠れていたうなじがあらわになる。



そこには数字が書かれていてアリスは眉を寄せた。



「なにこれ」



呟き、指先で数字をなぞる。



20☓☓625。



まるで年月日のように見えるそれ。



「ねぇカイ。首の後の数字ってなにかわかる?」



「あぁ。僕がここにいられる時間だよ」



スラリと説明されて頭の中が真っ白になる。



「え……なにそれ?」



「僕は6月25日までしか持たない。その後はドロドロに溶けて消えてしまうんだ」



カイはなんでもないことのように言ってのけたが、アリスはまだ理解が追いついていない。



カイがここにいられる時間?



ドロドロに溶けて消える?



そんなの聞いてない!!



理解すると同時に大きく息を飲み、走り出していた。



カイの首に書かれている年月日は今年の6月25日になっている。



今は6月19日。



残り6日しかないなんて!!



「アリス、どこに行くの?」



すぐ後からカイの声が聞こえてきても返事はできなかった。



たった6日で消えてしまう彼氏だなんて信じられなかった。



せっかくキユナに復讐ができたのに!



それにこれは明らかな詐欺だ。



抗議しに行かないといけない。



そう思うとどんどん歩調は早くなり、辺りが暗くなる前に手作り人間工房へ到着することができた。



もしかしたらあのお店には二度と行き着くことができないかもしれないと考えていたけれど、前と同じように古びた看板が出ているのを見てホッと胸をなでおろす。

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