第31話
それから3時間くらい経過したとき、女性が消えていったドアが開いた。
アリスは弾かれたように立ち上がる。
「できたわよ」
本当にもうできたの?
疑いの言葉が喉元まででかかった。
人間を作るなんて簡単なことじゃない。
何日、何ヶ月、何年も待つことになるかもしれないと思っていた。
それが、たった3時間だ。
「さぁ、こっちにきて」
女性がドアの向こうの誰かに向けて声をかける。
アリスはごくりと唾を飲み込んでドアの向こうへ視線を向けた。
そこから出てきたのは長身の男性だった。
パリッとしたスーツを着ていて、髪の毛はサラサラでとてもツヤがある。
そして顔は……アリスの理想通りの人だったのだ。
アリスは思わず両手で自分の口を押さえていた。
「やぁアリス」
その人は笑顔でアリスに近づいてくる。
「あなたは……」
「名前はあなたが決めてあげるのよ」
女性に言われてアリスは男をジッと見つめた。
彼にはどんな名前でも似合いそうだ。
ワタルでも、ケイスケでも、ジュンイチでも。
でもどうせならもう少しカッコイイ名前でもいいかもしれない。
今っぽくて耳障りのいい声。
「……カイ」
アリスはそうつぶやいていた。
咄嗟に出てきた名前だった。
「いい名前ね」
女性に言われてアリスは頬を赤らめて頷く。
自分が彼氏の名付け親になれるなんて、思ってもいなかった。
「僕はカイ。アリスは僕の彼女」
カイは嬉しそうにほほえみ、アリスの手を握りしめた。
その手はとても温かくて血の通っている人間となんら変わりはなかった。
「なにかあったときのために、これを」
横から女性が白いスマホを差し出してきた。
「クローンにはクローンの生活があるから、あなたの番号を登録しておいてね」
「彼はずっと私と一緒にいるんじゃないんですか?」
聞くと女性は左右に首を振った。
「実在する人間のクローンだから、生活パターンはすでにインプットされているのよ。でも安心して、実際に彼が会社に行ったりするわけじゃないの。その時間帯には仕事に行っているように錯覚するだけ」
「じゃあ、クローンはその時間になにをしているんですか?」
「あなたが呼び出せばそれに答えて、待ち合わせをすることができる」
「クローンは家には戻るんですか?」
「クローンに家はない。夜は充電するために人間と同じように眠るのよ。あなたの隣でね」
それを聞いて安心した。
夜は一緒にいるし、昼間も呼び出せば来てくれるみたいだ。
「ただ少し例外もあるから、覚えておいて」
「なんですか?」
「進化したクローン技術で、飼い主の指示に従わないときがある。待ち合わせをしても、戻っておいでと連絡しても、無視をするようになるの」
「そのときはどうすればいいんですか?」
「無理に連れ戻したりしないこと。クローンはクローンの考えがあって行動しているから、それが終われば自然に戻ってくる」
アリスは頷いた。
なんだか少し難しい話しだったけれど、人間とほとんど変わらない意思を持っていると思っていれば間違いないみたいだ。
アリスは言われたとおりカイのスマホに自分の番号を登録して、スマホをもたせた。
これが唯一カイと自分を結ぶものになる。
☆☆☆
カイという彼氏を作った翌日の放課後、アリスはキユナとケンタを公園に呼び出した。
あの時キユナにケンタを紹介された公園だ。
「ちょっとアリス! どうして連絡くれなかったの!?」
公園に入ってくるやいなやキユナは目を吊り上げて怒鳴る。
アリスの隣に立っているカイのことは全く視界に入っていない様子だ。
キユナの後について公園に入ってきたケンタは、すぐにカイに気がついて動揺した様子を浮かべていた。
「ごめんね。ちょっと忙しかったんだ」
アリスはなんでもないことのように答えた。
キユナが心配してくれているのは理解している。
だけどキユナは自分の親でも先生でもないのだ。
連絡が取れなかったくらいで怒られる筋合いはなかった。
「忙しかったってどういうこと?」
そう質問するキユナの視線がようやくカイを捉えた。
初めて見るカイに動揺し、少し手前で立ち止まる。
次に視線をアリスへ戻した。
「誰?」
「私の彼氏。カイって言うの」
アリスは背筋を伸ばして紹介した。
カイはにこやかに微笑んで右手を差し出す。
しかしキユナは握手しなかった。
マジマジとカイを見つめて、口を半開きにしている。
カイがあまりにかっこよくて、そして社会人だから驚いているんだろう。
もしかしたらすでに自分の彼氏と比較をして悔しがっているのかもしれない。
そう思うととても気分が良かった。
「彼氏って、本当に?」
「嘘ついてどうするの?」
アリスは2人の前でカイと腕を組んで見せた。
カイは照れたように頬を赤らめてアリスを見つめる。
どこからどう見てもカップルだった。
「カイは大手のIT企業に務めているんだよ。駅前に大きなビルがあるの知ってるでしょ? そこだよ」
その説明に反応したのはケンタだった。
「まだ中学生なのに、手を出していいはずがないろ」
それはカイへ向けて放たれた言葉だった。
カイは一瞬目を見開き、そして申し訳なさそうに頭をかく。
「わかってるんだけど、どうしてもアリスのことが好きなんだ。だけど絶対に手は出さないって約束してる。アリスが20歳になるまで守り抜くつもりだ」
その言葉にアリスは勘当した。
まさかカイがそんなふうに考えているなんて思ってもいなかった。
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