第30話

「それで、あなたはどんな人を作りたいの?」



聞かれてアリスはハンカチにくるんだ髪の毛を女性に差し出した。



女性はハンカチごと両手でそっとそれを受け取る。



まるで宝石を扱うかのような仕草だ。



「理想的な彼氏を作りたいんです」



「彼氏ね。そう……」



女性がマジマジと髪の毛を見つめるのでアリスは少し怖くなった。



ただの髪の毛じゃダメだったのかもしれない。



毛根がついていないとダメだったのかもしれない。



そんな不安を打ち消すように女性は笑顔でアリスを見た。



「わかったわ。私は学生さんが相手だからって仕事を断ったりはしないの」



その返答にホッと息を吐き出した。



「あの、お代はいくらになりますか?」



いくらも持っていないのだけれど、それは大切な質問だった。



支払期日までに決められた金額を持ってこないと、彼氏を作ることはできないはずだ。



しかし女性は左右に首を振って見せた。



「お金はいいわ。あなたはまだ学生さんだしね」



「え、でもそれじゃあ彼氏は作れないんじゃないですか?」



アリスは身を乗り出して聞く。



やはりお店から追い出されてしまうのではないかと思ったのだ。



「仕事を引き受けると言ったでしょう? 大丈夫よ。私はお金を持っている人からたくさんいただいて、そうじゃない人からはいただかない主義なの。幸い、今は他にお金持ちのお客様から仕事をもらっているから、あなたは特別よ」



まるでブラックジャックのようだ。



アリスは信じられない思いで女性を見つめる。



「それで? 外見はそのサンプル通りとしても、記憶はどうする?」



「記憶ですか?」



「そう。あなたとの出会いや、付き合ったキッカケ。いろいろなことを作ることができるのよ」



そんなものまでこちらで決めることができるのか。



詳細を考えてこなかったアリスは一瞬焦ったが、理想ならいくらでもある。



道に迷った時に手を貸してくれたとか。



落とし物を拾ってくれたとか。



告白してきたのは相手から。



場所は観覧車の中。



今までの理想を次々口に出して行く。



女性は黙ってアリスの話すことを聞いてくれて、最終的に出会いは街の本屋さんで、偶然同じ本を買おうとして、ということになった。



それから連絡先を交換した2人は何度かデートを重ねて、観覧車の中で告白をされた。



かなりベタだけれど、アリスの心は躍っていた。



「設定はこれで決まりね。数時間でできるから本でも読んで待っていて」



アリスは学生だから、この時間に外へ出ることは禁止されてしまった。



女性はそのまま置くの部屋に引っ込んでしまい、アリスは読めない本を選んでソファに戻った。



やることもなく暇な時間のはずだけれど、アリスの心は躍っていて、ちっとも気にならなかったのだった。

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