第29話
☆☆☆
どれだけ調べても、あるきまわっても、お目当てのお店を見つけることはできていなかった。
太陽はすでに傾き始めていて街はオレンジ色に染まってきている。
「なんの手がかりもないんじゃ、やっぱり難しいのかも」
駅前まで戻ってきて落胆した声を漏らす。
だけど諦める気は最初からなかった。
途中100円均一で購入した街の地図に赤ペンで今日探した場所を丸く塗りつぶす。
明日はこの赤丸の隣の地区を探してみよう。
そうやって1日1箇所ずつ潰していけば、嫌でもお店にぶち当たるはずだ。
でも、なかったら?
そう考えてアリスはすぐに左右に首を振った。
そんなことは考えないようにしよう。
好みのタイプだって1日で探し出して、髪の毛まで手に入れることができたのだ。
私はついている。
お店だってきっと見つかる。
自分のそう言い聞かせて暗くなった街を歩く。
夜になると普段見慣れている景色とは全く違うもののように見えてくる。
光り輝くネオンに、行き交う車。
すれ違う人たちもカップルが増えてきて、みんな肩を寄せ合って歩いている。
みんなどこへ行くんだろう?
今日は金曜日だから大人たちはお酒を飲んだりするのかな。
それで、恋人同士は家に戻らずに夜を過ごしたりするのかもしれない。
まだ中学生のアリスにとってそれは夢のような世界の出来事だった。
羨ましくもあり、少しだけ恐いような、いけないものを見てしまったような複雑な心境だ。
早く家に帰ろう。
足が自然に早足になったとき、ネオンの中に小さな看板を見つけた。
それは地下にあるお店の看板のようだけれど、ほとんど剥げてしまっていて読み取ることができない。
そんな看板が目についたのは、このきらびやかななネオンの中でひときわ地味だったからだ。
手書き看板は木製で、ライトアップすらされていない。
それはアリスにとって逆に目立って見えた。
早く帰らないといけないという気持ちがありながらも、アリスはその看板に誘われるように地下への階段をあるきだしていた。
コンクリートで固められた階段は寒々しくて下へ向かうにつれて周囲は薄暗くなる。
頭上には豆電球が光っているが、それは昔ながらの白熱電球らしくチカチカと点滅を繰り返している。
一歩一歩階下へ降りる自分の足音が反響して鼓膜を刺激し、その音に震えてしまう。
どうにか最後まで下りてきたアリスは目の前に現れた木製の扉を凝視した。
それはオシャレなバーのような扉で、中学生であるアリスが入っていいのかどうかためらわれた。
扉にはさっき見たのと同じ看板がかけられていて、それには「~~工房」と書かれていて、工房の部分だけを読み取ることができた。
ここがお目当ての手作り人間工房だろうか?
それとも全然別の場所かもしれない。
どうしてハッキリと看板を書き直しておいてくれないのだろう。
扉の前に立ったまま身動きが取れなくなっていたとき、内側から扉が開かれたのでアリスは飛び退いた。
危うく後の階段でつまづくところだった。
「誰かと思ったら迷子?」
出てきたのは黒色のフリルがたくさん使われている服を着た女性だった。
俗に言うロリータファッションというヤツだ。
スカートはふわりと膨らんでいて、その中から何段にもなっているフリルが見える。
袖は編み上げのようになっていて、手首の辺りに黒色のリボンが揺れている。
それを着ているのは10代にも見えるし、40代にも見える年齢不詳の女性だった。
アリスは女性の服に見とれてしまって返事を忘れていた。
「家までの道がわからなくなったの?」
アリスを客ではなく迷子だと判断した女性が先に話を進めようとする。
アリスは慌てて「ここは手作り人間工房ですか?」と、質問した。
その瞬間女性は目を見開いて驚いた顔を浮かべ、そして微笑んでアリスを店内へと招き入れた。
お店の中は想像以上に広かった。
バーカウンターやテーブルがあるわけでもなく、重厚感のある大きな黒いソファが真ん中に鎮座していて、四方の壁を取り囲むように背の高い本棚が置かれている。
その本棚の中にはぎゅうぎゅうに書物が詰めこられていて、入り切らない本があちこちに積まれている。
本が好きなアリスはその中の一冊を手にとってみたが、日本語でも英語でもない文字の羅列で、すぐに頭が痛くなり本をもとに戻した。
「そこに座って。今紅茶を入れてくるから」
女性に言われてアリスは素直に従った。
黒革のソファに座ると体が沈み込んで、立てなくなってしまいそうなほどだった。
それにしても、本当にこの部屋にはなにもないみたいだ。
見渡す限り難しそうな本、本、本。
女性が出ていった扉の向こうにはキッチンがあるみたいだけれど、そこはお店とは
関係なさそうだ。
「おまたせ」
しばらく待っていると女性がオシャレなカップに紅茶を入れて持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
テーブルがないのでアリスはティーソーサーごと恐る恐るそれを受け取る。
見るからに高そうなカップで緊張してしまう。
一口飲んでみると香りが鼻に抜けて、自分が大人になった気分になれた。
「あなた、ここがなんだかわかっていらしたのね?」
女性はアリスの目の前のソファに座って聞いた。
高価なソファに座るその姿はまるでフランス人形のようだ。
陶器のように白くてほくろひとつない肌は人間離れしている。
「はい。ここは手作り人間工房なんですよね?」
「そのとおりよ」
やっぱり、そうだったんだ!
アリスは自分がこのお店に引き寄せられたときのことを思い出す。
理想的なサンプルだってすぐに見つかったし、自分はここにくることを運命づけられていたようにすら感じた。
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