第28話
理想的な男性の髪の毛を手に入れたアリスはその足で学校裏にある廃墟へ向かった。
悪いことをしてしまったという罪悪感と嬉しさがないまぜになっていて、今は誰とも会いたくない気持ちだったのだ。
今誰かに会えば心の内側をすべて見透かされてしまう。
そんな気分だった。
ここなら誰も来ないからそんな心配はない。
アリスは廃墟に残されているソファに座り、彼の髪の毛を見つめた。
たった一本の髪の毛。
息を吹きかければすぐに飛んでいってしまうそれを大切に大切にハンカチに包み込む。
これでサンプルは手に入った。
次は手作り人間工房がどこにあるか見つけるだけでいい。
そう思うと大きな仕事をひとつ終えた気になって、アリスはソファに横になった。
誰も使っていないソファは埃っぽかったけれど、気にならなかった。
目を閉じると急速に眠気が押し寄せてきて、そのまま夢の中へ引き込まれて行ったのだった。
☆☆☆
夢の中、アリスは1人で夜の街を歩いていた。
それはよく知っている自分の街で、足は勝手にキユナの家へと向かっている。
青い屋根の可愛らしい一軒家の前で足を止めて、チャイムを鳴らす。
すぐに家の中から足音が聞こえてきて、キユナが出てきた。
すでにパジャマ姿になっているキユナはアリスを見ると少し怒ったような表情を浮かべた。
「一体どこに行っていたの? 連絡してもちっとも電話に出ないし、メッセージの
返事もしないじゃない」
キユナは本当に怒っているみたいだ。
アリスはそれに返事をせずに、キユナの部屋へと向かう。
2階の角部屋だ。
「もう、ちゃんと話を聞いてよね」
部屋に入って隅っこに座り込むと、突然キユナの声が遠くなった。
眠気が訪れてそれに吸い込まれる。
まぶたが重たくなり、立ちをして怒っているキユナの顔もやがて見えなくなってしまったのだった。
☆☆☆
ハッと我に返った時、アリスは廃墟のソファの上にいた。
あのまま朝まで眠ってしまったようで、割れた窓から差し込む朝日が眩しかった。
ポケットの中に大切にしまっているハンカチを取り出し、くるまれている髪の毛を確認する。
そこには確かに昨日手に入れた彼の髪の毛があった。
「これで私にも彼氏ができる」
キユナの彼氏よりももっともっと素敵な彼氏だ。
なんていっても社会人というポイントは高い。
年齢は離れているかもしれないけれど、そんなこと気にもならなかった。
アリスはさっそく手作り人間工房を探すために廃墟を出た。
300円均一の雑貨屋で購入したサングラスと帽子をかぶり、今日は駅前のお店から攻めてみようと考える。
歩き出したとき、不意にスマホが震えた。
画面を確認してみるとまたキユナからのメッセージだ。
《キユナ:今どこにいるの?》
キユナからはここ数日同じようなメッセージばかりが送られてきている。
アリスはそのすべてを既読スルーしていた。
それでもしつこく連絡をしてくるキユナを疎ましく感じると同時に、昨日夢にまで出てきたことを思い出した。
ああして夢に見るということは、自分もキユナのことをよほど気にしているということだ。
じゃないと、今こういうことにはなっていないのだろうし。
そう思うと少しおかしく感じられて笑みを浮かべる。
他の人からの連絡がないか確認してみたけれど、誰からの連絡も入っていなかった。
親からの連絡もないことにガッカリしてしまうが、そのくらい放任主義の方がアリスとしては動きやすい。
誰にも心配されていないのを良いことに、アリスは今日1日自由に使う予定だった。
今日中にお店を見つけられなければ明日もある。
「絶対に手作り人間工房を見つけだしてやる」
そう呟き、帽子を深くかぶり直したのだった。
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