第27話

「ごめんなさい。別になんでもないんです」



「なんでもないのに、どうしてこんな路地にまで入ってくるんだ?」



そう聞かれて初めてアリスは路地が行き止まりになっていることに気がついた。



これではなんの言い訳もできない。



体から冷や汗が吹き出してくる。



ここは素直に謝って許してもらうしかなさそうだ。



彼をここまで尾行してきたことは事実なんだから。



「随分若い子だな。まさか高校生か?」



「……はい」



彼は大きなため息を吐き出す。



もしかして通報されてしまうんだろうか。



家や、学校に連絡が行ってしまうんだろうかと不安がよぎり、今度は血の気が引いてきた。



「あの、後をつけてしまったことは謝ります。許してください!」



アリスは心から謝罪をして頭を下げた。



足が小刻みに震えている。



「まいったな。未成年が相手じゃキツク出ることもできない」



その言葉にアリスはそろりと顔をあげた。



彼は相変わらず険しい表情を浮かべているけれど、相手が学生だとわかって少し気持ちが和らいでいるみたいだ。



その様子に安心したとき、スーツの襟もとに髪の毛が落ちていることに気がついた。



アリスはハッと息を飲んでそれを見つめる。



たった1本の髪の毛。



物語の中では毛根がついていなければいけないとか、そういう細かな設定があったはずだ。



あの髪の毛には毛根がついているだろうか?



それとも、本当はそんなもの必要ないだろうか?



一瞬で様々なことを考えてごくりと唾を飲み込む。



「本当にごめんなさい。すごくカッコイイ人がいると思って、ついここまでついてきてしまいました」



アリスはもう1度深く頭を下げる。



褒められて嬉しくない人間なんてきっといない。



彼は険しい表情を緩めると「今回は許すけど、次はないから」と言った。



アリスは勢いよく顔をあげて「ありがとうございます!」と、もう1度頭を下げる。



よかった。



これで家や学校に通報されることはなくなった。



あとは……。



アリスは今度はゆっくりと顔をあげた。



本当に反省していると見せるために目尻に涙を浮かべて。



「あ、髪の毛がついていますよ」



顔をあげたタイミングで今気がついたという様子を装い、手をのばす。



彼は逃げなかった。



アリスの行動を疑ってもいない。



アリスは少しだけ震えている指先で髪の毛をつまんでとった。



「ありがとう。もうこういうことはするんじゃないよ?」



「はい。わかりました」



もう1度うつむくと、彼は満足したように表通りへ戻って帰っていく。



アリスは手の中の髪の毛をギュッと握りしめて微笑んだのだった。

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