第26話

☆☆☆


読んでいた物語は架橋に入っていた。



6人組の男女が友人の自宅の屋根裏部屋で宝の地図を見つけて、探しに出かける。



しかしそこに待ち受けていたのは同じ地図を持った盗賊たちだった。



盗賊たちは腰にナイフや拳銃を携えていて、少年少女は取り押さえられる。



金銀財宝を諦めることを条件に友人たちの開放を求める主人公の少年。



盗賊たちは他の5人の少年少女を解放したものの、主人公の少年だけは捉えたままだった。



それは約束の中にはいっていないからだと、下品な笑みを浮かべる。



拳銃を突きつけられてもう終わりだと思った時……。



お店に入ってくる人の気配でアリスは顔をあげた。



窓の外はすっかりオレンジ色に染まっていて、店内を見回してみるとあの2人の社会人はいなくなっていた。



つい小説に没頭して時間を忘れてしまっていたみたいだ。



すっかり覚めたココアを飲んで席を立つ。



外に出ると大通りを挟んだ向かい側のビルから沢山の人達が吐き出されてきたところだった。



いいタイミング!



さっきまで物語の世界に浸っていたアリスは気を取り直すように自分の頬を叩く。



そして大通りを渡るべく横断歩道へと向かってあるき出したのだった。


☆☆☆


その会社は大手IT企業で、アリスでも知っている社名を掲げている。



ビルから出てくる人たちの邪魔にならないよう、少し離れた路地からその様子を伺った。



スーツを着ている人たちは中学2年生のアリスから見るととても大人だ。



それなのに颯爽と歩くその姿はとてもカッコイイ。



やっぱり、スーツを着てバリバリ働くのもいいかもしれない。



なんて思っていたとき、1人の男性が出てきた。



紺色のスーツを着たその人はスラリと背が高くて足が長い。



顔も整っていて、後から数人の女性社員がついて出てくるのがわかった。



その男性を見た瞬間アリスの心臓はドクンッと大きく跳ねた。



頬が赤く染まり、鼓動が早くなる。



なにこれ?



初めての感覚に戸惑い、服の上から自分の胸をおさえる。



まるで酸欠になってしまったかのように息苦しくて、いくら息を吸い込んでも動悸は収まらなかった。



彼は何人かの女性に飲みに誘われているようだけれど、笑顔でそれを断っている。



真っ直ぐ帰るんだろうか?



あれだけの女性の誘いを断るんだから、彼女とか、奥さんがいるのかもしれない。



けれどそれはアリスにとって関係のないことだった。



目的は彼の髪の毛か爪を手に入れることだけ。



切った爪を手に入れることは難しそうだけれど、髪の毛ならきっとなんとかなる。



アリスは彼の少し長めの髪を見て思う。



歩くたびにサラサラと揺れる黒髪は艷やかで、女性から見ても羨ましくなるくらいに綺麗だ。



どうやって手入れしているんだろう?



シャンプーやリンスはどこのメーカーのものを使っているんだろう?



浮かんでくる疑問をすべて飲みこんでこっそり彼の後をつけて歩く。



女性たちは断られたことで早々に離れていってしまっていた。



電車に乗られたら面倒なことになると思っていたが、彼は駅とは反対方向へ向かっていた。



家が近いのか、徒歩みたいだ。



これなら徒歩のアリスも尾行することは簡単だ。



アリスは舌なめずりをして彼の背中を追いかける。



こんなにも早く自分の理想の男性を見つけることができるなんて嬉しい想定外だ。



あとはうまく髪の毛を手に入れるだけだけれど、これはそう簡単に行くとは思っていない。



きっと何日も彼の後を追いかけて、そのタイミングを見図ることになるだろう。



と、その時。



彼が少し早足になったかと思うと、そのまま狭い路地へと入って行ってしまった。



アリスは慌ててその後を追いかける。



こんな狭い路地に入るということは近道なんだろうか?



そう思った次の瞬間だった。



路地を曲がったアリスの目の前に彼が立ちはだかっていたのだ。



思わずぶつかってしまいそうになり、慌てて立ち止まる。



「君は誰? どうして僕のことを追いかけるんだ?」



鋭い口調が頭上から降り注ぎ、アリスは身をすくめる。



まさか気が付かれていたんなんて……。



恐る恐る顔を上げると、眉間を釣り上げた彼の顔がそこにあった。



怒っていてもとてもかっこよくて、また心臓がドクンッと跳ねてしまう。



アリスはすぐにうつむいて、鼓動が相手にバレないように注意した。

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