第25話
1日中あてもなく建物を探してみても、めぼしい場所を見つけることはできなかった。
人間工房なんて怪しいお店が堂々と看板を出しているとも考えにくい。
気がつけば太陽は傾き始めていて、周囲はオレンジ色に染まっている。
「結局見つけられなかったなぁ」
ため息交じりに呟き、昨日と同じ公園にやってきた。
一瞬キユナとケンタがいるのではないかと身構えたが、2人の姿はなかった。
安心しつつ公園の前を通っていると、昨日の2人組が前方から歩いてくるのが見えた。
相手もアリスに気がついたのか一瞬歩調が緩んだ。
「やっほー。昨日の子じゃん」
「彼氏できた?」
1度会話をしただけですでに友人のように話かけてくる2人に、アリスは左右に首を振った。
「彼氏はできないし、人間工房も見つからない」
そう答えると2人は目を見開いて顔を見合わせ、そして同時にふきだした。
「うっそ! まさか本当に人間工房を探してたの?」
「そうだよ。だって、彼氏がほしいから」
「ちょっと待ってよ。あれは噂だって言ったでしょう?」
2人とも大笑いして、体を折り曲げている。
「噂でも、調べれば本当かもしれないでしょう?」
「本気なんだね?」
アリスはちっとも笑っていないのを見て、2人も徐々に笑うのをやめていった。
目尻に浮かんだ笑い涙をぬぐって「本当のお店の名前は手作り人間工房だよ」と、1人が言った。
「え?」
「手作り人間工房。仮にお店が見つかったとしても、サンプルが必要になる」
「サンプルってなに?」
「自分の彼氏にしたい人間の髪の毛とか、爪とか、そういうものだよ。映画とか小説の世界でよくあるでしょう? 体の一部からクローンを作るの。ああいうことを、手作り人間工房ではやってるみたい」
「クローン……」
それはアリスも聞いたことがあった。
すでに存在している人間そっくりな人間をもう1人作ることだ。
物語の中では1人とは限らず何十、何百というクローンを作れるものもある。
もちろんそれは物語の中の話ですべてを信じているわけではなかった。
「そうだよ。だからもしお店を見つけることができたとしても、準備ができていなかったから人間は作れない」
アリスは何度も頷いてその説明を聞いた。
まずは準備をすること。
お店はそれからじっくり探せばいい。
「教えてくれてありがとう」
アリスはその子たちと握手を交わして、サンプルを探すためにあるき出したのだった。
☆☆☆
自分の理想の彼氏って誰だろう?
アリスは眠くなった頭でぼんやりと考える。
背が高くて、かっこよくて、スポーツが得意で、勉強もできて。
学校内にそんな理想的な人っていたっけ?
思い出そうとしても、誰の顔を浮かんではこなかった。
それにとにかくキユナの彼氏よりももっと素敵な人でないといけない。
じゃないとアリスの自尊心は満足してくれないと、自分でもよくわかっていた。
「社会人とかいいかも」
アリスは呟き、想像する。
背が高くて仕事ができて、スーツの似合う男性だ。
学生は車の運転もできないし、お金もないけれど社会人が彼氏になればなんだってできる。
きっとキユナだって歯を食いしばって悔しがるだろう。
うん、それがいい。
明日は自分に似合う社会人の男性を探すことにしよう。
キユナはそう決めて、落ちていくように眠りについたのだった。
☆☆☆
翌日、目が冷めたアリスは時間も確認しないまま外へ出た。
太陽の光を浴びるとさっきまでぼーっとしていた頭がしっかりしてくる。
アリスはいつも学校や家にいるときはなんだかモヤがかかったような気分になり、集中力が散漫になってしまうのだ。
きっとアリスにとっては太陽の光が体のエネルギーになっているからだと、勝手に解釈をしていた。
歩きながらスマホを確認すると、キユナからの電話やメッセージが何件も入っていることに気がついた。
すべて昨日の内に入ったもので、アリスは大きくため息を吐き出した。
自分のことを心配してくれているのはわかるけれど、ここまでされたら少し気持ちが悪い。
まるで両親みたいだ。
いや、両親ですら、ここまでのことはしてこない。
現にアリスのスマホに残っている不在着信はキユナの名前で埋まっていた。
「いい加減にしてよね」
吐き捨てるようにそう呟いて、アリスはスマホをポケットにしまったのだった。
☆☆☆
今日の行き先はビルの多い駅前だった。
この辺は会社が入っているビルばかりで、朝の通勤ラッシュ、昼の休憩時間、そして夜の帰宅ラッシュになると数多くの社会人たちが行き交うようになる。
アリスは近くのドーナツ屋に入り適当に3種類ほど注文をすると、ビルが良く見える窓際の席に座った。
まだ時間が早いためドーナツ屋の中は空いていたけれど、1人の女性客と1人の男性客がパソコンと広げて仕事をしていた。
2人ともラフな格好で、コーヒー片手を片手に仕事をしている。
アリスはオールドファッションを口に運びながら、自分も将来はあんなふうに自由な仕事をしようと決める。
スーツを着てバリバリ仕事をこなす姿もカッコイイけれど、カフェなどでゆったりとした仕事時間を過ごすことにも憧れる。
アリスはその2人のマネをするようにバッグの中から単行本を取り出して、ゆったりと背もたれに背をもたれかけさせると、物語の世界に入り込んだのだった。
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