第23話

自分は今キユナを傷つけてしまったのかもしれない。



歩きながら罪悪感に包まれていく。



それでも、彼氏と幸せそうにしているキユナを思い出すと、その罪悪感もすぐに消えてしまった。



キユナはきっと彼氏に慰めてもらっていることだろう。



自分が気にする必要なんてない。



そう思い直して歩いていると、前方から同い年くらいの女の子2人が歩いてきた。



2人は大きな声できゃあきゃあ笑い声をあげて近づいてくる。



すれ違う寸前にキツイ香水の香りが漂ってきてアリスは顔をしかめた。



「それでさ、その人間工房に行けば、どんな人間でも手に入るんだってさ!」



少女たちの話しが聞こえてきてアリスは足を止めた。



人間工房という単語にまばたきをして通り過ぎてしまった彼女たちの背中を見つめる。



「なにそれ?」



「自分の好みの人間を作ることができるらしいよ。親友だったり、恋人だったり、家族だったり、設定もできるんだって」



「はぁ? なにそれ?」



噂を聞いている方の少女は全然信じていない様子で、ゲラゲラと大きな声をあげて笑った。



アリスは気がついたら彼女たちに声をかけていた。



「ねぇ、その話、もっと詳しく教えてくれない?」





突然話しかけられた彼女たちは驚いた表情で立ち止まる。



「自分の彼氏を作ることができるの?」



「そうだけどただの噂だよ?」



「なにあんた、彼氏欲しいの?」



彼女たちはアリスを品定めするように眺め回す。



「人間工房ってどこにあるの?」



「わからないよ。ただの噂だって言ったでしょう?」



「そうそう。あんた結構可愛いから、彼氏くらいすぐできるでしょう?」



彼女たちはそう言うとすぐに背中を向けてあるきだしてしまった。



話題はすでに別のものへと切り替わっている。



その背中を見つめてアリスは「人間工房」と、呟いたのだった。


☆☆☆


キユナに彼氏ができたのなら、自分にだってできるはずだ。



だけどすぐにできるとは限らない。



自分は地味な方だし自分から声をかける勇気もない。



しかし、昨日のキユナの態度を思い出すといらだちを感じるし、自分にはもっともっと素敵な彼氏ができるはずだと考えた。



手っ取り早く素敵な彼氏を作るためには、やっぱり彼女たちが噂していた人間工房を探すことだった。



朝はやくから家を出たアリスは1人で人間工房を探すことにした。



と言っても手がかりはなにもない。



闇雲に街の中を歩いていて見つけられるようなものでもない。



「あまり好きじゃないけど、道を聞くだけだし」



アリスは自分にそう言い聞かせて警察署へと向かった。



広いロビーを入ると右手に受付があり、左手は病院の待合室のようにベンチが並んでいた。



アリスは少し迷いつつも受付へと足を進めた。



こういう質問は交番へ行った方がよかったんだろうか。



そう思いながらも、もう目の前には女性警官の笑顔があった。



「どうされましたか?」



優しい声で質問されて少し安心する。



「あの、建物を探しているんです」



そう伝えると女性警官はひとつ頷き、大きな地図を取り出してくれた。



「なんという建物かわかりますか?」



「それは、えっと……」



地図へ視線を落として口の中でモゴモゴとごまかす。



なにもわからない状態では探してもらうことだって不可能に決まっている。



「なにか、わかる情報はありませんか?」



それでも女性警官は笑顔を崩さずに言う。



「あの、噂で聞いただけなんですけど」



アリスはそう前置きをしてから、人間工房のことを伝えた。



「人間工房ですか?」



女性警官は不審げに眉間にシワを寄せる。



一旦地図に視線を落としたが、すぐに後方の仲間へ顔を向けた。



建物の場所を探してくれているんだろうか?



それとも……。



そこまで考えたとき、途端に自分のしていることが怖くなった。



人間を作れる場所なんて質問をすれば、変な誤解を招くに決まっているのだ。



「調べてみるから少し待ってね。あ、それとあなた身分証明は持ってる? もしかして学生さんじゃない? 学校は?」



次々と質問されて冷や汗が背中を流れていく。



「ごめんなさい。もう少し情報を集めてから、また来ます」



アリスは早口にそう言うと、慌てて警察署から逃げ出した。



後からさっきの警官が呼び止めてきたけれど、それも無視して走る。



しばらく走って小さな公園にたどり着いたとき、アリスは肩で呼吸を繰り返してベンチに座り込んだ。



私は一体なにをしているんだろう。



人間工房なんてもの警察が教えてくれるわけがない。



人身売買とか、売春組織とか、そんな風に勘違いされてしまったかもしれない。



アリスは水道を蛇口を捻って顔を洗うと気持ちを入れ替えた。



これは自分1人で探し出さないといけないことだ。



キユナにだって相談はできない。



ただの噂。



都市伝説だということも忘れて、アリスは再び人間工房を探すために公園を出たのだった。

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