第18話

ユナは病院特有の消毒液の匂いとか、病室にただよっている病気の匂いが少し苦手だ。



そこにあるのはユナの知っている日常ではなく、他の誰かの日常だから。



それからユナとユウキは他愛のない会話をして時間を潰した。



看護師さんが晩御飯のトレーを持ってくると、ユナはベッドの下に身を隠した。



『病院食って味気ないんだよな』



ユウキは文句を言いながらも全部綺麗に平らげていた。



それからトランプをして時間を潰しているとあっという間に消灯時間になった。



けれどまだ9時だ。



こんなに早い時間から眠れるわけがない。



ユナとユウキは片耳ずつにイヤホンを付けてテレビをみることにした。



ちょうどお笑い番組をしていて、2人は声を殺して笑った。



そして、夜の11時が来ていた。



『そろそろいい時間だぞ』



ユウキに声をかけられてユナはベッドの下から這い出した。



念の為に隠れていたのだ。



『これに着替えて』



そう言って差し出してくれたのは、入院着だった。



『いいの?』



『あぁ』



ユナはトイレに入って制服から入院着に着替えた。



『よく似合ってるな』



『やめてよ』



顔をしかめて、ユナはユウキの部屋を出る。



シュンヤはもう眠っているだろうか。



自分がまだここにいるとわかれば、きっとすごく驚くだろう。



想像して少し笑う。



両親には友人の家に泊まると嘘の連絡を入れていた。



こんなことをしたのは生まれて初めての経験で、さっきから心臓がドキドキしっぱなしだ。



エレベーターを使うとすぐにバレてしまうから、その横の階段を使って1階へと下りていく。



普段は沢山の患者さんで埋まっている待合室は静まり返り、大きな窓から差し込む月明かりがガランとした風景を浮かび上がらせている。



ユナはまっすぐに第3診察室と第5診察室のある廊下へ向かった。



その診察室は少し奥まった場所にあり、月明かりが届かない。



妙に雰囲気が出ていて強く身震いをした。



ほどなくて到着したユナは、第3診察室と第5診察室の前で目を閉じた。



そして懸命に第4診察室を思い浮かべる。



ここは何度か患者として来たことのある病院だから、どうにか頭の中で想像することができた。



右手に簡易ベッド。



クリーム色のカーテンに、大きな、灰色のデスク。



先生が座っている椅子も灰色。



それからパソコン画面がある。



そこまで想像したとき、不意に周囲の空気が変わった気がして目を開けた。



第4診察室。



目の前にある部屋にユナは思わず悲鳴をあげてしまいそうになり、両手で自分の口を押さえた。



本当に出てきた!



驚きすぎて呼吸が止まる。



ユウキの言っていた噂は本当だったのだ。



ユナは勇気を振り絞り第4診察室のドアを開けた。



その中は今自分が想像したままの診察室が存在していて、息を飲む。



死神はどこかと顔をめぐらせたとき、窓にかかっているカーテンが大きく膨らんだ。



なにもない空間から、音もなく黒マントを羽織った死神が姿を見せる。



『死神……』



ユナは呆然として骸骨の死神を見つめる。



恐いはずなのに死神から目を離すことができない。



『なにか聞きたいことがあるのか』



死神の声にユナは体を跳ねさせた。



まさか会話ができるとは思っていなかったのだ。



死神の声第4診察室中に響き渡り、気分が悪くなるようなものだった。



ユナはごくりと唾を飲み込む。



『シュンヤの寿命が知りたいの』



すると死神はユナに顔を近づけてきた。



ユナはその場に硬直してしまったかのように動けない。



骸骨しかない死神の息は腐臭がして、顔をしかめる。



『残り一ヶ月』



『え?』



身を引いて答えた死神に、ユナは唖然として聞き返す。



『残り一ヶ月だ』



死神は同じ言葉を繰り返す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る