第17話

きっと、自分の寿命を知った人が自殺したなんて話を聞いたからだ。



『私、もう帰らないと』



嘘じゃなかった。



窓の外はもう真っ暗で両親が心配をしているはずだ。



『次の25日の土曜日は明日だ』



エレベーターへ向かおうとしたとき、後からユウキがそう言った。



ユナは振り返らない。



『夜まで俺の病室に隠れていればいい』



『死神なんていない!』



ユナはユウキへ向けてそう叫び、ようやく来たエレベーターに乗り込んだのだった。


☆☆☆


『ユナ?』



名前を呼ばれて我に返った。



ここはシュンヤの病室で、シュンヤはベッドの脇に座っている。



昨日ユウキからあんな話を聞いたせいで、つい考え込んでしまっていた。



『ごめんぼーっとしてた』



『頼むよ~。この宿題、ユナがいないとできないんだから』



『そうだよね』



シュンヤの手には今日の宿題である数学のプリントが持たれている。



入院中のシュンヤに勉強を教えるのも、ユナの役目だ。



『この数字をこの数式に代入して』



『そっか。それで計算すればいいんだな』



『うん。そうだよ』



シュンヤはスラスラとペンを走らせる。



元々勉強が得意なシュンヤは入院して授業に遅れを取っていても、ユナが説明をすればすぐに理解してくれる。



人に教えることが得意じゃないユナにとっても、教えやすい生徒のようだった。



『それじゃ、私はそろそろ帰るね』



できあがったシュンヤの宿題をカバンに入れて立ち上がる。



明日、ユナが先生に提出しておくのだ。



『あぁ。いつもありがとうな』



『なに言ってるの』



突然かしこまったように言うシュンヤに少しとまどいながらも、病室を出る。



その時嫌でも視界に隣のユウキの部屋が入る。



25日の土曜日は今日だ。



今日の夜第4診察室に入ることができるかもしれない。



そんな思いが脳裏をよぎってなかなかエレベーターへ向かうことができない。



自分はシュンヤの寿命を知って、それでどうするつもりなんだろう?



きっと、どうにもできない。



なにも手伝うことはないはずだ。



頭ではわかっているのに、ユナは隣の病室の前に立ってドアをノックしていた。



『来ると思ってた』



ドアを開けたユウキは嬉しそうに笑う。



ユナは笑顔を作らずに、ユウキの部屋に身を滑り込ませたのだった。


☆☆☆


ユウキの部屋もシュンヤの部屋と同じ作りだった。



8畳ほどの大きさで、ベッドが中央に置かれている。



その横に床頭台があり漫画雑誌が山のように積み重ねられている。



『入院して長いの?』



『まぁね』



『どんな病気?』



『よくわからない。聞かされてないんだ』



『そうなんだ……』



ユナはなにを言えばいいかわからなくなり、丸イスに座った。



『大人たちはみんな知ってるのに、俺だけ知らない。不公平だよな』



『自分の病気を知りたいと思う?』



『そりゃあ、自分のことだからなぁ』



ユウキはそう言ってベッドに横になり、足を組んだ。



それはまるで自室のような雰囲気で、つい笑ってしまう。



病院でここまでくつろげるなんて羨ましくもある。

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