第16話
『それが、あることをすればその第4診察室が出現するんだ。中に入ると死神がいるらしい』
突然声を低くして言うユウキに、ユナは体が寒くなるのを感じて両手で自分の体を抱きしめた。
『その死神は寿命を教えてくれるんだって』
『死神って、魂を奪っていくんじゃないの?』
『普通はね。でも、第4診察室に出る死神は、そうじゃないらしい』
ユウキは一旦話を区切ってパックのリンゴジュースに口を付けた。
ユナも同じようにオレンジジュースを飲む。
甘い味が口いっぱいに広がって、少し気分が変わる。
『自分の寿命を知ってどうするの?』
『そりゃあ、その後の生き方を決めるんだよ。ここは病院だし、本当の寿命を伝えられていない患者さんもいるだろうしさ』
『そっか』
そう思うと今度は切ない気分になった。
自分の寿命があと少ししかないと知ったとき、人はどういう行動に出るだろう?
すぐに気持ちを切り替えて残りの時間を結意義に過ごそうとすることは、きっと難しい。
悩んで苦しんで泣いて、誰かに八つ当たりをするかもしれない。
そのときの気持ちを考えるとユナの胸はキュッと締め付けられるように痛くなった。
『それで、それを試したみた人はいるの?』
聞くと、ユウキは目を伏せて初めて言葉を濁した。
『どうしたの?』
『あぁ……。実は俺、実際にやった人からその話を聞いたんだ』
『そうなんだ! ねぇ、その人に直接話しを聞けないかな? そうすれば本当の噂かどうかわかるよね?』
しかし、ユウキは左右に首を振った。
そして泣いてしまいそうな顔を上げる。
『それはできないよ』
『どうして?』
『その人はもう……死んだんだ』
え?
ユナは驚いて目を見開いた。
ここは病院だから他の場所よりも多く人が死んでいる。
それは理解していたはずだけれど、こうして誰かが死んだという話を直接聞くとさすがにショックは大きかった。
つい、シュンヤの顔を思い出してしまう。
『そうなんだ……』
『その人は死神に会って、自分の寿命が残り3ヶ月だと教えてもらったんだって。でもその前に自殺した』
自殺という言葉がユナの胸に突き刺さる。
今まで生きてきた中で一番自分には無関係だと思っていた言葉だ。
膝の上で自分の手をギュッと握りしめる。
『耐えられなかったんだと思う。寿命を待っている間にもどんどん体力は消耗していくから、怖くなったんだ』
『そんな……』
それでも普通ならもう少し先まで生きていられたはずなのに。
元気で病気なんてほとんどしたことのないユナはそう思う。
生きている間はなんでもできると、そう思っている。
『でも考えてみれば納得できるんだ。寿命はあと少し、自分はその間ずっと寝たきり。そう思うと、もういいかって思うんじゃないかな』
ユナはユウキの言葉に返事ができなかった。
誰もが元気なまま死んでいけるわけじゃないと、初めて知った気分だった。
体はどんどん弱って行って、寿命を知らなくても死が近づいてくるのがわかってくる。
そんな中で生きていくことがどれだけ辛くて、怖くて、切ないことなのか。
ユナは下唇を噛み締めた。
『そいえば、シュンヤも小さい頃から入退院を繰り返してるんだってな』
不意にシュンヤの話題になってユナは戸惑った。
話についていけない。
『う、うん』
『俺もなんだ。今までこの病院でシュンヤと会ったことはなかったけど。退院してもきっとまた入院することになる。いや、今度は退院ができないかもしれない』
『どうしてそんなことを言うの!?』
ユナは思わず声を荒げてしまった。
シュンヤもユウキもこんなに元気そうだ。
大丈夫に決まっている。
『何度も入退院を繰り返すってことは、病気が治っていないってことだからだよ』
その言葉は爆弾のようにユナに強い衝撃を与えた。
病気が治っていないってこと。
あれだけ元気そうに見えるシュンヤでも、その体に潜んでいる病魔は消えていないということ。
『シュンヤは大丈夫だよ。だって、元気そうだから』
ユナの声は震えていた。
本当にそうなのか、確信が持てなくなってしまった。
もしもシュンヤの寿命があと3ヶ月だったら?
そう思うと体中の血液が体外へ排出されていくような気分になった。
『……死神に聞いてみる?』
ユナは返事ができずにうつむく。
『死神に会うには条件がある。25日の土曜日の夜に第3診察室と第5診察室の前に行くんだ。そして頭の中に第4診察室を思い浮かべる。できるだけリアルに、細部に至るまで』
『そんなの、シュンヤは信じないよ』
『だからユナちゃんが行くんだよ。死神は名前さえ告げればその人の寿命を教えてくれる』
ユウキの説明を聞きながら、ユナは自分の鼓動が早まっていることに気がついた。
そんなのただの噂だ。
やるわけがないと思っているのに、どうしてかユウキの言葉を何度も頭の中で繰り返してしまう。
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