第14話

☆☆☆


廊下に出たユナは涙を押さえきれず両手で顔を覆った。



手の奥からくぐもった嗚咽が漏れ出してきて、必死に声を殺している。



その時隣の病室のドアが開いて白いニット帽をかぶった少年が出てきた。



「大丈夫?」



泣いているユナを見たユウキはすぐに近づいてきて声をかけた。



その足取りはおぼつかなくてユナはハッとしたように顔をあげた。



この子もシュンヤと同じように苦しんでいるんだと、その姿から理解できた。



「大丈夫だよ」



ユナは慌てて手の甲で涙を拭い、笑顔を作った。



それでも笑顔は震えて油断をすればまだボロボロと涙が溢れ出してきてしまいそうになる。



ユナはグッと顔に力を込めて涙が押し込めた。



「シュンヤは?」



「うん……たぶん、大丈夫だと思う」



チラリと病室のドアへ視線を向けて答える。



人は死ぬ時にも耳だけは最後までちゃんと聞こえていると言う。



薬によって意識が朦朧としている時でも音は届いていて、なにかよくない話を聞けば血圧などに変化があると聞いたことがあった。



だからユナは眠っているシュンヤの前でも決して悪いこと、嫌なことは口にしない。



シュンヤが少しでも安心して、楽しい夢を見られるように気をつけている。



そして2人は最初からの知り合いのように話を進めた。



「ユウキ君のおかげ」



続けて言うと、ユウキは左右に首を振った。



「俺はなにもしてない。ユナちゃんが考えて、実行したことだ」



「あれは本当に、間違っていなかったと思う?」



「もちろん。シュンヤはそのおかげで今でも希望を持っていると思う。自分は80歳まで生きられるんだって」



ユナはユウキの言葉につらそうに眉を寄せた。



「そうだね……」


☆☆☆


シュンヤが死神に会う一ヶ月前、それは入院してすぐの頃だった。



『なんだ、全然元気そうだね』



お見舞いに来たユナはベッドの上のシュンヤを見てホッと胸をなでおろした。



入院したと知ったときには驚いたけれど、こうしてお見舞いに来てみればシュンヤの顔色は良くて、会話もよどみなくできる。



いつものようなちょっとバカな話もできたし、ユナの中の不安はずぐに解消されていた。



『もしかして俺が死ぬとか思った?』



おしゃらけた調子でそう質問されて、ユナは少しだけ目を伏せた。



正直そう思った。



すごく不安だし、すごく怖かった。



『あははっ! 人間そんな簡単には死なないんだよ。俺が一番そのことをよく知ってる』



『うん。そうだよね』



シュンヤは幼い頃から入退院を繰り返しているという。



でも、今のシュンヤを見てもそんな風には感じられなかった。



元気なシュンヤに水色の病院着が浮いて見えるくらいだ。



病室の窓の外はオレンジ色に色づいてきていて、そろそろ帰らないといけない時間が迫ってきていた。



それでもまだ離れがたくて、なかなか腰をあげられない。



『ユナ、そろそろ帰らないと』



心配して声をかけたきたのはシュンヤの方だった。



『うん……』



それでもユナは動かない。



自分が帰ればシュンヤはここで一人きりになってしまう。



自分だけ電気のついている暖かな家庭に戻っていくのが、なんとなく申し訳なかった。



『もしかして、俺のこと心配してる?』



『そりゃあ、少しはね』



素直に認めるのが恥ずかしくてユナはシュンヤから視線を外して答えた。



『そっか、そんなに俺のことが好きか』



そう言われてガバッと顔を上げるとニヤニヤと含みのある笑みを浮かべたシュンヤと視線がぶつかった。



『べ、別にそんなんじゃないし!』



慌てて否定すればシュンヤは泣きそうな顔を作って『まじで? それ悲しー』と唇を尖らせる。



『もう! どうしろって言うの?』



文句を言って勢いよく立ち上がる。



するとシュンヤはニコリと笑って『また明日な、ユナ』と、声をかけた。

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