第13話

「すごいね。80歳まで生きたらこんなに沢山のことができるんだね」



ユナは一杯に埋まったノートを見て胸がいっぱいになったように微笑む。



「本当だ。時間を有効活用すれば、もっともっといろいろなことができる。それこそ、オリンピック選手にだってなれるかもしれないんだ」



シュンヤの目は未来へ向いていた。



キラキラと眩しいくらいに輝いて、これからの自分の人生を思い描いている。



ふいにユナがうつむいた。



ペンを持っている手が小刻みに震えて涙が頬を流れる。



「ユナ、どうしたの?」



「すごく楽しみで、嬉しくて、涙が出てきちゃった」



ユナは笑いながら泣いていた。



手の後で何度も涙をぬぐう。



「なんだよユナは泣き虫だなぁ」



シュンヤはそう言って、呆れたようにユナの頭を撫でたのだった。


☆☆☆


人工呼吸器が動いている音が病室内に響く。



8畳ほどある病室内には今まで置かれていなかった機材が所狭しと置かれていて、点滴は常についている状態になった。



シュンヤの意識はいつでも朦朧としていて、会話ができなくなっている。



「シュンヤ、腕をマッサージするね」



お見舞いに来たユナがシュンヤの右手にふれる。



この前来た時にシュンヤの母親からマッサージの方法を教えてもらっているのだ。



自分がいないときにユナが1人でできるようにと。



そこまで信用されているのだと思うと、ユナも嬉しかった。



ユナはゆっくり、丁寧にシュンヤの体をマッサージする。



意識がなくて自分では動かすことのできなくなった手足は、徐々に硬直して動かなくなってしまう。



そうならないために、マッサージは必要なことだった。



指の一本一本まで開いたり閉じたり、もんだりさすったりしながらユナはシュンヤに話しかける。



「今日ね、クラスで面白いことがあったの。マイカちゃんって覚えてる? メガネをかけた読書家の子なんだけど、その子の本がなくなったって騒ぎになったの。でも誰も知らないって言って、不思議だったんだけど、結局学校内に迷い込んできた野良犬が加えていっちゃってたんだよ」



ユナは自分で言って、自分で笑う。



だけどシュンヤもきっと笑ってくれていると信じていた。



気のせいかもしれないけれど、人工呼吸器の中の口角が少しだけ上がっている気がするから。



「それからね、みんなとまた千羽鶴を作ってるんだよ。今度は千羽分の折り紙を1つにくっつけて、とっても大きな鶴をひとつ作るんだよ。病室に入るかどうかわからないけど、出来上がったら持ってくるから楽しみにしていてね」



こう言うと、きっとシュンヤは頭の中でとても大きな折り鶴を想像してくれていると感じる。



もしかしたら、巨大な鶴に乗って空を飛ぶ夢を見ているかもしれないとも。



それからユナは移動して、シュンヤの足をマッサージし始めた。



出会った時は筋肉質でがっちりとしていた足は、今ではユナの指が回ってしまいそうなくらいに細い。



それを少しでも前の状態に戻すために、足に手を添えて膝を曲げたり伸ばしたりを繰り返す。



こんなことをしてもほんの少ししか役立たないのかもしれない。



それでもユナはシュンヤが回復すると信じていた。



「シュンヤは80歳まで生きるんでしょう? だから、私と一緒に沢山の経験ができるんだよね」



サッマージして話しかける内容はどれも楽しくて、明るいものばかりだ。



「楽しみだね。遊園地も動物園も水族館も。シュンヤと一緒なら、きっとどこへ行っても楽しいよね」



想像してみたら、本当に楽しくなってきた。



マッサージをしながらふふっと小さく笑う。



シュンヤの顔を見ると、やっぱり同じように笑っているように見えて嬉しくなった。



今は言葉が話せないけれど、起きたらきっと『ユナ。さっそく動物園に行くか』と言ってくれるような気がする。



「じゃあ私、そろそろ帰るね。明日また来るから」



そう言って立ち上がった時、壁にかかっているカレンダーが視界に入った。



そこには25日の土曜日に赤い丸印が付けられている。



それを見た瞬間現実を突きつけられた気分になって、ユナは一瞬泣きそうな顔になった。



それでもシュンヤの前では決して泣かない。



「じゃあね」



明るい声でそう言って、病室を出たのだった。

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