第11話
第4診察室のドアを開けたシュンヤはその場に立ち尽くした。
診察室の中もシュンヤがさっき思い浮かべた通りの場所だった。
右手に簡易ベッド。
ベッドを隠すようにクリーム色のカーテンがかかっていて、左手には大きなデスクと椅子とパソコン。
灰色のデスクの上には誰かのカルテが置かれていた。
シュンヤはそっとデスクに近づいてカルテを覗き見してみた。
しかし、それは真っ白でなにも書かれていない。
シュンヤがそこまでのことを想像しなかったからだ。
診察室の中には誰の気配もなく、先生や看護師はいないようだ。
じゃあ、死神は……?
そう考えた次の瞬間、奥の水色のカーテンがぶわりと膨らんだ。
窓が開いているんだろうか?
でも俺はそんなことまで想像しなかったけど。
そう思ったと同時に膨らんだカーテンの向こう側から、黒いマントを羽織った人物が突如現れたのだ。
シュンヤは「わぁ!」と叫び声をあげて尻餅をついた。
マントの男は右手に大きなカマを持っていて、顔は骸骨だ。
死神だ!
咄嗟に逃げ出そうとするが、立ち上がれなくてその場でじたばたともがく。
すると死神がシュンヤに近づいてきた。
「私になにか用か」
その声は診察室中にこだまして、シュンヤは両手で耳を塞いだ。
吐きそうに鳴るような不快な声。
シュンヤは逃げ出そうとするのをやめて、死神を見上げた。
死神には目玉がなかったが、それでもシュンヤをジッと見下ろしているのがわかった。
「お、俺の寿命が知りたい!」
シュンヤは勢いにまかせて言った。
死神はぐいーっとシュンヤに顔を近づけて、見つめてくる。
骸骨がシュンヤの頬に触れて、それはとても冷え切っていた。
「お前の名前は?」
骸骨が目の前でしゃべる。
呼吸器だってないはずなのに、腐敗臭のような嫌な匂いを吐きかけられた。
「シュ、シュンヤ……」
答えると死神はシュンヤからスッと身を離した。
死神は座り込んだままのシュンヤに視線を向けて、そしてカマを振りかざした。
ブンッと風の唸りが聞こえてシュンヤは体をすくめる。
鼻先をカマが通り過ぎた後、死神は面白くなさそうに鼻をならした。
「お前の寿命はまだ先だ」
「そ、それっていつですか? 1年後ですか? 2年後ですか?」
恐怖心に声を震わせながらもシュンヤは聞く。
死神はまた鼻をならすと「80歳だ」と、答えた。
「え……?」
「お前の寿命は、80歳だ。そのときにまた、迎えに来る」
死神がそう言うと、また水色のカーテンがぶわりと膨らんだ。
シュンヤが一瞬目を閉じたその瞬間に死神も、そして第4診察室もこつ然と消えて、シュンヤは廊下に1人座り込んでいたのだった。
☆☆☆
次に目を覚ました時、シュンヤは病室のベッドの上にいた。
驚いて周囲を見回してみると窓の外はすでに日が高く、母親が花瓶の花を変えてきたところだった。
「あら、起きたの?」
気配に気がついた母親が振り向いて笑顔を向ける。
シュンヤは「あぁ」と曖昧に頷いて自分の体を確認した。
特に変わった様子はない。
あれは夢だったんだろうか?
目の前に顔を突き出してきた死神を思い出して強く身震いをする。
「空調が寒い?」
「ううん、大丈夫」
言いながらもシュンヤは両手で自分の体を抱きしめた。
全身に鳥肌が立っている。
あれは夢なんかじゃない現実だ。
肌が粟立つ感じが、それを物語っていた。
骸骨の口から出てきた腐臭を思い出すこともできる。
自分は確かに第4診察室の中にはいっていたのだ。
そして死神に寿命を訪ねて、80歳だと返事をもらった。
そこまで思い出したシュンヤはつい笑顔になっていた。
「お母さん、俺はまた退院できるんだよね?」
「突然何? 前からずっとそう言ってるでしょう?」
母親は怪訝そうな顔になる。
「そうだよね、でもなんか、信じられなくて」
自分の細くなってしまった手足へ視線を向けて呟いた。
日に日に痩せて弱くなっているのを自分でも感じる。
昨日の夜だって歩いて1階へ降りるだけで随分時間が必要だった。
そんな状態だから、自分の命があと少しだと疑っても仕方のないことだった。
でも違うんだ。
俺の寿命は80歳まである。
あと数年で死ぬことなんてない。
やりたいことは全部できるんだ。
「お母さんは嘘なんてついてないわよ?」
「うん。今ならその言葉を信じられる」
シュンヤはそう言って笑ったのだった。
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