第10話
残されたシュンヤはユナの頭に手を乗せて優しく撫でた。
両親や医師、そして友人たちがいる前ではこんなこと恥ずかしくてできない。
「生きて。ねぇ、私のためにもっともっと生きてよ?」
懇願するようなユナの声が胸に響く。
シュウヤは大きく息を吸い込むと、笑顔を浮かべた。
ジクジクと痛む体を無視して「あぁ」と、頷いた。
ユナはその返事を聞いて笑顔になった。
泣きながら笑顔を作ったユナはぶさいくで、吹き出してしまう。
「ちょっと、笑うなんてひどい」
「だってユナ、ひどい顔だ」
「誰のせいよ。シュウヤが変なのこ言うからでしょう?」
「ごめんごめん」
そう言って、2人はまた笑う。
ユナのためにも自分の寿命を確認しよう。
もし短ければ残りの時間を大切にして、もし長ければもっともっと楽しいことを沢山して笑い合おう。
ユナの頭を撫でながら、シュウヤはそう決めたのだった。
☆☆☆
そして、その時がやってきた。
25日の土曜日。
時刻は11時を過ぎている。
そろそろいい時間だろうと考えたシュンヤは自力でベッドから這い出した。
車椅子を使おうと思ったが、そうすると移動に目立ってしまう。
看護師にバレれば病室に逆戻りになってしまい、そうすれば次はもう機会が訪れないかもしれない。
次の25日の土曜日なんて待ってはいられない。
少し歩くだけでも体中が痛くて、すぐに足を止めてしまう。
足に力が入らなくて、壁に両手を付けて支えないと歩くことができなかった。
そんな状態でもシュンヤは懸命に第4診察室を目指して動き出した。
病室を出て左右の廊下を確認する。
さっき見回りがすんだところだから、1時間は誰も来ないはずだ。
エレベーターを使うとすぐにバレてしまうから、その横にある階段へ向かった。
一歩一歩慎重に、足音を立てないよう、ころんでしまわないように進んでいく。
たった1階分の階段を降りるだけでも重労働で、シュンヤは何度も途中で立ち止まり、座り込んで休憩をした。
額から流れ出た汗がポタポタと階段に落ちていく。
これだけの運動でここまで疲れていては、退院後サッカーだってできるかどうかわからない。
がんばらないと。
自分を叱咤して再び重たい体持ち上げてあるき始める。
随分と痩せているはずなのに、どうしてこんなに重たいのだろう。
以前と同じ動きができない自分に腹正しく思いながら、どうにか誰にも見つからずに階段を下りきることができた。
大きく息を吐き出し待合室の奥に見えている診察室へ視線を向ける。
階段から見えている診察室は内科の第2診察室まで。
第3診察室以降は、廊下を奥へ進んでいった先にある。
シュンヤは一旦待合室のソファに座り、呼吸を整えた。
本当はこのまま横になって休みたかったけれど、そうすればもう二度と立ち上がることはできないだろうと気がついていた。
数分休憩した後、またゆっくりと立ち上がる。
足はもうガクガクと震えていて、一歩も前へ出ない状態だ。
それでも待合室の椅子の背もたれに両手をつきつつ、あるき出す。
こんなところを見られたらすぐにでも病室へ連れ戻されてしまうだろう。
そうならないよう、シュンヤは懸命に足を進めた。
そして、ようやくの思いで第3診察室と第5診察室の中間んである、なにもない壁の前到着していた。
待合室から奥まった場所にあるここには大きな窓から差し込む月明かりも届かず、少し異様な雰囲気を感じた。
軽く身震いをしてからシュンヤは目を閉じた。
目の奥に第4診察室を思い浮かべる。
できるだけリアルに、まるでそこに本当に第4診察室が存在しているかのように。
ユウキに言われたとおり、丁寧に丁寧に細部まで想像する。
幼い頃から入退院を繰り返してきたシュンヤにとって、それはとても簡単な作業だった。
そうして脳裏に完全な第4診察室が出来上がったころ、そろそろと目を開けた。
目の前の光景に息を飲み、「本当だったんだ」と、呟く。
シュンヤの目の前には第4診察室があったのだ。
ついさっきまでなかったはずのその診察室は、シュンヤが想像した通りの形をしている。
白いドアに銀色のノブがついていて、シュンヤは緊張から唾を飲み込むと、ドアノブに手を伸ばした。
ドアを開ける前にもう1度診察室の番号を確認する。
間違いなく、そこには第4診察室という表記がされている。
シュンヤは勢いよく、そのドアを開いたのだった。
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