第6話
吐き気がおさまった後、再び看護師がやってきて汚れたシーツを取り替えてくれた。
「ねぇ、第4診察室の噂を知ってる?」
気分が落ち着いたシュンヤは部屋を出ようとした看護師を呼び止めて聞いた。
「え?」
看護師は怪訝そうな顔を浮かべて振り向く。
「この病院の噂だよ。あることをすれば、第4診察室が出てくるっていう」
「なぁにそれ? またユウキ君が変な噂を作って流しているの?」
看護師は両手を腰に当てて盛大なため息を吐き出した。
「じゃあ、あの噂は嘘?」
「もちろん。変なこと信じないでね? シュンヤ君のご両親も心配するから」
看護師はそう言うと病室を後にしたのだった。
第4診察室に現れるという死神の噂は嘘だった。
それでもシュンヤは日に日に体力が落ちていくことを自覚しはじめてから、自分も寿命がいつまでなのか知りたいと思うようになった。
「ねぇお母さん。俺は死ぬの?」
ある日の昼下がり。
いつものように吐き気の伴う点滴を終えた後で、シュンヤは聞いた。
汚れものを大きな袋に詰めていた母親は一瞬動きをとめ、そして目を丸くして振り向いた。
「何を言っているの?」
「だって、今回の入院はなんだか、今までと違うから」
こうして会話をしているだけでも息が切れ、ひどく疲れる。
つい先週まではクラスメートが来てくれた時に笑い合っていたのに、今ではそれも難しくて、今週は来ないように頼んでいた。
「シュンヤはなにも心配しなくていいの。少し入院すれば、すぐに元の生活に戻れるから」
母親は笑顔で答える。
だけどその声は震えているし、笑顔も無理をしているのがわかった。
どうして本当のことを教えてくれないんだろう。
本当のことがわかれば、残りの時間を大切に過ごすことができるのに。
「うそつき」
シュンヤは寝返りを打って母親に背中を向けると、聞こえないような声で呟いたのだった。
☆☆☆
ユナは相変わらず毎日のようにお見舞いに来てくれていた。
それでも遠慮しているようで、いつもは2時間でも3時間でも病室にいるのに最近は30分から1時間で帰ることが多かった。
座った状態で会話を続けることが難しくなっているシュンヤにはそれがありがたいことだったけれど、同時に言いようのない不安や憤りを感じることでもあった。
「今日はマンガ持ってきたよ。学校で流行ってるマンガで面白いんだぁ」
ユナは明るい声で言って、紙袋をベッド脇に置いた。
中を覗いてみると20冊くらいの漫画本が入っている。
「こんなに沢山、持ってくるの大変だったろ?」
「全然平気だよ! 最近、ノートパソコンを学校に持っていったり持って帰ったりするようになって筋肉ついちゃって」
照れ笑いを浮かべるユナにシュンヤは曖昧に頷いた。
自分がいない間に授業内容は随分変わっているみたいだ。
シュンヤがいたときにはノートパソコンを持って行ったり持って帰ったりすることはなかった。
「ちょっと、力こぶを作ってみせてよ」
「えぇ、嫌だよ」
「いいからいいから」
嫌がるユナの右腕を掴んで催促する。
ユナは渋々といった様子で腕に力を込めた。
シュンヤは服の上から筋肉に触れてみる。
そしてフッと笑った。
「俺よりもたくましいかも」
ボソッと呟いた言葉はユナに聞こえていて、ユナはすぐに腕を引っ込めてしまった。
「やめてよそういうの。私これでも女の子なんだから」
頬をふくらませるユナにシュンヤは胸にトゲが刺さるのを感じた。
今の自分はユナよりも弱い。
ユナを守ることもできない存在なんだと、強く思い知らされた気分だった。
突然打つむいてしまったシュンヤにユナは戸惑った。
「ごめんね、疲れちゃった? 私、そろそろ帰るね」
慌てて丸椅子から立ち上がるユナにシュンヤは視線を向けた。
すがるような、迷子になった子供のような視線にユナは射すくめられそうになった。
「誰も、本当のことを話してくれないんだ」
「……え?」
「俺の病気のこと。寿命がどれくらいあるのか」
その言葉にユナは呼吸が止まった。
シュンヤがそんなことを考えているなんて、思ってもいなかった。
「ユナは、知ってるのか? 俺の寿命を」
聞かれて、ユナは黒目を泳がせ「知らない」と答えると逃げるように病室を出たのだった。
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