第4話

シュンヤは夢を見ていた。



自分は恐怖中学校のグラウンドにいて、男子生徒に混ざってサッカーボールを追いかけている。



試合時間は残り3分。



前半は0対0で引き分けていて、ここまで両者とも得点を入れられていなかった。



ほぼ互角の戦いだ。



「頑張れ!」



そんな声がして視線を向けると、グラウンドの隅でユナが大きく手を振って応援してくれている。



ユナにいいところを見せたい。



そう思ったシュンヤはドリブルしながら一気に相手リームのゴールへと攻め込んだ。



敵チームの連中はシュンヤの足について来ることができない。



相手チームのゴールが間近に迫り、シュンヤは思いっきりボールを蹴り込んだ。



ゴールキーパーが両手を広げるが、ボールはその隙間を縫うようにしてゴールネットへと吸い込まれていった。



同時に試合終了のホイッスルが鳴り響き、グラウンドに大きな歓声が湧き上がる。



仲間が駆け寄ってきてシュンヤの頭を痛いほどに叩いて祝福をふる。



グラウンドの真ん中まで移動して胴上げが始まる。



「シュンヤ! すごいよシュンヤ!」



ユナがかけてきてシュンヤに抱きつく。



シュンヤは華奢なユナの体を力いっぱい抱きしめたのだった。


☆☆☆


とてもいい夢だった。



できるならずっと見ていたい夢。



朝日が顔に当たって、シュンヤは夢から現実へと引き戻されてしまった。



「起きた? 今日はとてもいい天気よ」



母親の声にシュンヤは深く息を吐き出した。



見えているのはいつもの病室の風景だ。



「そっか」



短く返事をして寝返りをうつ。



今回の入院をする前にシュンヤはサッカーをしていた。



グラウンドでクラスメートたちと一緒にボールを追いかけていたのだ。



もちろん同じようにはいかなかった。



せっかく仲間がボールを奪っても、シュンヤはその足の速さについていくことができない。



何度かパスは回してくれたけえれど、試合はほとんどシュンヤ抜きで行われていたようなものだった。



もっとサッカーをしたい。



思いっきりボールを蹴りたい。



みんなと同じように。



ううん、もっともっと、上達したい。



それにユナとも外で会いたかった。



病室とか病院内にある喫茶店やレストランじゃない、全く別の場所で。



ベッドの上半身を起こしてシュンヤはすっかり筋肉がなくなってしまった両足を見つめた。



こんなんじゃボールを追いかけることはできない。



それどころか、ユナとのデートすらできいないかもしれない。



骨と皮だけになってしまった両足をさすっていると、母親が少しだけ辛そうに眉をさげた。



「退院したら、またサッカーをするんだ」



シュンヤは明るい笑顔と声でそう言った。



「そう。じゃあ治療が終わった後にリハビリも頑張らないとね」



「あぁ。病気がよくなったらサッカー部に入るんだ。それで絶対にエースになる」



シュンヤの言葉に母親の目に一瞬だけ涙が浮かんだ。



シュンヤは驚いて足をさする手を止めた。



「どうして泣いているの?」



「目にゴミが入ったのよ」



母親はそう言ってすぐにシュンヤから視線を外し、バッグの中から目薬を取り出した。



本当だろうかと、シュンヤは思う。



毎日掃除をしてくれる人がいて、無駄なものはほとんど置かれていないこんな部屋のどこにゴミがあるんだろうと。



「俺の病気、よくなるんだよね?」



シュンヤに背を向けている母親の体が小さく跳ねる。



その様子にどんどん不安が膨らんでいく。



「当たり前でしょう? なに言ってるの?」



母親は笑い声をあげながら振り向いて、そう言ったのだった。


☆☆☆


よかった、やっぱり俺の病気は良くなるんだ。



小さな頃から入退院を繰り返していた。



それでも両親や先生、他のみんなもシュンヤの病気はよくなるのだと言ってくれる。



その言葉の通り、シュンヤの体はとても調子がよくなり、退院できるときもある。



だから今度からは退院している期間がどんどん長くなって、そして完全に治るのだとシュンンヤは思っていた。



でも……。



シュンヤは窓から差し込む太陽に照らされている、自分の両足を見つめて思う。



随分と痩せてしまった。



ずっとベッドに横になっているから、それも仕方ないのかもしれないけれどどんどん痩せていく自分の体を見ると不安に感じてしまう。



「点滴の時間です」



そんな声がして見慣れた女性看護師が点滴パッグを持って入ってきた。



それを見た瞬間シュンヤは顔をしかめる。



点滴が治療として必要なことは理解しているけれど、この点滴を受けた後は必ず気分が悪くなってしまうのだ。



これのせいで食べたご飯も戻してしまう。



だから体力が落ちていくのだと、シュンヤは感じていた。



「今日もしないとダメですか」



点滴の準備をしていた看護師がその言葉に驚いた様子でシュンヤを見つめた。



「そうね。これがシュンヤ君のお仕事だからね」



仕事……。



普通なら、中学生の仕事は勉強のはずだ。



それが俺は、点滴を打つことが仕事。



シュンヤはバレないように奥歯を噛み締めた。



「でもその点滴を打つと気分が悪くなるんです」



「そうね。それは一時的なものだから、もう少し頑張れる?」



優しく声をかけながらもシュンヤの方は見ない。



話を聞いているのに、聞いていないような様子で準備を整えた。



針を刺される寸前、シュンヤは看護師の体を突き飛ばしていた。



油断していた看護師はそのまま尻もちをついてしまう。



「あ、ご、ごめんなさい!」



慌てて謝罪し、手を差し伸べるためにベッドから降りる。



足が床についた瞬間自分の体を支えることができなくて、シュンヤは膝までついてしまった。

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