第3話

☆☆☆


「あのときもユナ、俺が死ぬんじゃないかって必死になってくれたよな」



「やめてよ、恥ずかしい」



ユナは顔を真っ赤にしてうつむいた。



確かにあの時はシュンヤが死んでしまうんじゃないかと思ってとても怖かった。



けれど救急搬送されたシュンヤは3日後には元気に学校にやってきた。



そして『あの時はありがとう、助かったよ』と、ユナに声をかけてきたのだ。



それが、2人が付き合いはじめるキカッケになったのだ。



それからユナはシュンヤが小さな頃から入退院を繰り返しているのだと知った。



肌が白いのも、ほとんど外に出ないかららしい。



それでもサッカーが大好きで、体調のいい日には少しだけ外でボールを蹴るのだそうだ。



「俺、元気だから。大丈夫だから」



シュンヤがユナの手を包み込んで言った。



ユナはまだ真っ赤な顔で「うん」と、小さく返事をしたのだった。


☆☆☆


ユナが帰ると病室にいるのはシュンヤ1人だけになる。



8畳ほどの部屋にシュンヤのベッドがひとつだけ。



洗面とトイレへ別にあるけれど、そこにも人の気配はない。



シュンヤはそっとベッドから抜け出して窓へと近づいた。



外は随分暗くなり始めていてあと30分くらいすれば真っ暗になってしまうだろう。



暗闇に包まれている街を見ているのがなんだか怖くて、すぐにカーテンをしめた。



すると今度は静けさが気になり、テレビを付ける。



シュンヤにとっての楽しみはテレビを見たり本を読んだりすることだけだ。



ユナやクラスメートたちがいたときには感じなかった強い孤独と、病気へ対する恐怖心が湧き上がってきて、ベッドに潜り込むと少しだけ涙が出た。



ボンヤリとテレビのビュース番組を見ているとノック音が聞こえて視線をドアへと向けた。



「はい」



短く返事をするとドアが開き、同い年の少年が入ってきた。



短く切りそろえられた髪の毛によく日焼けした肌。



ニッと笑みを浮かべている少年にシュンヤは笑顔になる。



彼は隣の個室に入院しているユウキだ。



シュンヤと同年代で、入院した日にちも近いのでよく病室を行き来して話をすることがあった。



「また来たのか」



シュンヤはさっきまで泣いていたことをさとられないように、呆れ声で言った。



「いいだろ。どうせお互いに暇なんだから」



ユウキはそう言うとシュンヤのベッドの隅っこに座った。



ベッドマットが沈んでシュンヤの体が少し斜めになるけれど、ユウキはおかまいなしだ。



「トランプ持ってきたんだ。スピードしようぜ」



「いいよ」



ユウキはシュンヤが1人で寂しい時によくここへ来る。



まるでシュンヤの気持ちを見て言るかのように感じられて、少し不思議だ。



2人はベッドの上にトランプを並べて少しの間遊んだ。



けれど2人でできるトランプゲームは限られていて、すぐに飽きてしまう。



「ちぇっ。また俺の負けか」



ユウキは舌打ちをしてトランプを片付けはじめた。



「ユウキは弱いのにスピードばかりやりたがるよな」



「だって、2人でやって面白いトランプゲームってそんなにないだろ」



仏頂面で答えるユウキにシュンヤは頷く。



つい『今度クラスメートたちが来ているときに遊ぶか』と言いそうになって、言葉を飲み込む。



ユウキの友人たちも月に何度か来てくれているようだけれど、シュンヤほど頻繁じゃない。



入院中に不安になる時間も、もしかしたらシュンヤよりも多いのかもしれないのだ。



「それなら、面白い話を教えてやるよ」



トランプを片付け終えたユウキが目を輝かせてそう言った。



ユウキがこういう表情をするときはたいてい恐い話しや、都市伝説を披露するときだ。



シュンヤは思わずベッドに座った状態で後ずさりをした。



個室で眠らないといけないシュンヤにとって、寝る前の恐い話しはできれば避けたいことだった。



けれどそんなことを言えばチキンだと笑われてしまうので、黙っていた。



ユウキはそれを聞く体制ができたものだと受け取った。



「病院には第4診察室がないって知ってるか?」



声を低くしたユウキに質問されてシュンヤは頷いた。



「知ってる。4っていう数字が不吉だからだろ?」



診察室だけでなく、4階がなくて突然5階になったり、4のつく病室がないというのもよく知られたことだった。



最初から病室などに数字を使っていない病院もある。



くまさんの部屋とか、あひるさんの部屋とか、そういった具合に。



「この病院もそうなんだ。第4診察室はなくて、第3診察室の隣は第5診察室になる」



シュンヤは頷いた。



そんなことも、もう何度も来ているのだから知っていると言ってやりたかった。



だからこの話はもう終わりだと。



だけどそれを言う前に、ユウキは話を続けてしまった。



「だけどな。この病院では一定の条件をクリアすれば、第4診察室が現れるらしい」



シュンヤの背筋がゾクッと寒くなった。



思わず後を振り向くけれど、白い壁があるだけで誰もいない。



空調が壊れたわけでもなさそうだ。



シュンヤはごくりと唾を飲み込んで顔をユウキへ戻した。



ユウキはシュンヤが怯えている様子に、嬉しそうに頬を緩めている。



「現れた第4診察室に入るとな、そこには死神がいるんだって」



そう言われてすぐに黒いマントを羽織って大きなカマを持った人物を思い浮かべた。



小学校の頃に読んだ物語には、そういう格好の死神が出てきていたのだ。



「その死神に寿命を質問すると、答えてくれるらしい」



「寿命?」



死神とは人間の命を奪いにくるものではないのか。



シュンヤは少し拍子抜けした気分でユウキを見つめた。



「どうだ? 行ってみたくないか?」



「別に。どうでもいいよ」



思ったよりも恐い話じゃなくてホッと胸をなでおろす。



さっきまで感じていた寒気も、今はもう感じない。



「なんだよ。面白いと思ったのにさ」



「わかったわかった。今日はもう自分の部屋に戻れよ。そろそろ夕飯の時間だ」



シュンヤにしっしと手で追い払われて、ユウキは仕方なく病室を出ていったのだった。

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