第2話 第4診察室

201号室の病室内は恐怖中学校の生徒たちで満杯だった。



白いベッドの上には1人の男の子が横になっていて、その子を中心に笑いが沸き起こっている。



「シュンヤが病気だなんて信じられないな」



メガネをかけた少女が笑顔で言った。



「俺だって信じられないよ。だって、こんなに元気なんだから」



ベッドの上のシュンヤはそう言って入院着のそでをたくし上げると力こぶを作ってみせた。



「みんな待ってるんだから早く退院しろよ」



シュンヤが入院する前までは毎日のように一緒にサッカーをしていた男子が言う。



シュンヤは白い歯とえくぼをのぞかせて笑い、頷いた。



「もちろんだ。サッカー練習して待ってろよ。退院したら対決だ」



「のぞむところだ!」



1年C組のクラスメートたちは面会時間ギリギリまで病室にいて、それから帰っていった。



「みんなにぎやかでごめんね」



1人だけ病室に残ったユナが苦笑いを浮かべて言う。



「いや。元気になるから嬉しいよ」



シュンヤは深く息を吐き出して答えた。



さっきまでと違い、少しだけ顔色が悪くなっていることにユナは気がついた。



「横になって」



シュンヤの体に布団をかけながら言うと、シュンヤは大人しく起こしていたベッドを倒し始めた。



ベッドはゆっくりとリクライニングしていく。



「みんなのお見舞い、もう少し回数を減らしてもらう?」



C組の組のクラスメートたちは週に1度は必ず来てくれている。



一気に全員が病室に入ることはできないから数回に分けているけれど、それでもいつも騒がしい。



「大丈夫だよ。みんなの顔は俺も見たいし」



「それなら良いんだけれど」



ユナはベッドの横に立ってシュンヤの手を握りしめた。



その手はシュンヤと付き合い始めた時に比べると一回りくらい小さくなっている気がして、ユナの胸をチクリと刺した。



「ユナには気を使わせてばかりでごめんな」



「なに言ってるの。そんなことシュンヤは気にしなくていいんだから」



ユナは毎日お見舞いに来てくれて、みんなが来るときにはいつも端っこでその様子を見ている。



そしてみんなが帰った後、シュンヤの体調を気遣ってくれるのだ。



みんなが帰ってってすぐに沈黙が下りてくることのない病室内に、シュンヤは救われていた。



大部屋なら、こんな孤独を感じることもないのだけれど、シュンヤは入退院を繰り返すたびに人数の少ない部屋を使うように言われていた。



最初は6人部屋。



次に4人部屋というように人数は少なくなり、今では一人部屋だ。



こんなにコロコロ入院する部屋を変えられるということは、もう自分に残されている時間は多くないのかもしれない。



「シュンヤ、今何を考えているの?」



シュンヤの思考を途切れさせるようにユナが言った。



シュンヤは我に返ってユナへ視線を向ける。



「ちょっとぼーっとしてただけだよ」



そう言って笑ってみせるシュンヤはさっきよりも弱々しくて、ユナは握りしめている手に力を込めた。



シュンヤもちゃんと握り返してくれて、それは少し痛いくらいでホッと胸をなでおろした。



「俺たちが付き合いはじめたときのこと、覚えてる?」



不意にそんな質問をされてユナの頬は桜色に色づいた。



窓の外から入ってくるオレンジ色の光と、ユナの頬の桃色がとても合っているように見えてシュンヤは微笑む。



「突然なに?」



「あのときも俺、入院したんだよな」



シュンヤは天井を見上げて中学に入学してすぐの頃を思い出す。


☆☆☆


それは入学式が終わって一週間が経過した日のことだった。



いつもどおり家から学校までの道を歩いていたユナは、前方に見たことのある背中を見つけていた。



中学に入学してから同じクラスになったシュンヤだと気が付き、少し早足になる。



シュンヤは信じられないほど色白で、整った顔をしていて女子の間で密かな人気を持っていた。



シュンヤ本人はそんなこと知らないと思うけれど、ユナもシュンヤに好意を抱いている1人だったのだ。



自然を装って声をかけようと思ったユナは、シュンヤの横に立った。



『あれ、シュンヤ君だよね?』



そう声をかけることももう決めていた。



そしてシュンヤの方へ顔を向けたとき、ユナは言おうとした言葉を飲み込んでしまっていた。



シュンヤの顔は真っ青で、足元もフラついているのだ。



朝からシュンヤに会えた嬉しさのせいで、後から見ていても異変に気がつくことができなかったのだ。



『どうしたの? 大丈夫?』



決めていたセリフも忘れてユナはそう声をかけた。



シュンヤは一瞬驚いた表情をこちらへ向けて、それから微笑んだ。



だけどその笑顔は弱々しい。



いつも教室内で見ているエクボは見えない。



『あぁ。大丈……』



シュンヤはそこまで言うと苦しげに眉間に眉を寄せると、その場に座り込んで閉まったのだ。



『シュンヤ君!?』



ユナはシュンヤの前にしゃがみ込み、必死で声をかける。



シュンヤの額には脂汗が浮かんでいて呼吸も苦しそうだ。



『平気……だから』



どうにか声を絞り出しているシュンヤ。



とても大丈夫そうには見えなかった。



シュンヤがこのまま死んでしまったらどうしようという、恐ろしい考えが浮かんできてしまい、ユナは泣きそうになった。



ユナは中学に上がって買ってもらったばかりのスマホを取り出すと、慣れない手付きで学校の電話番号を表示させた。



本当は今すぐ救急車を呼んだ方がいいのかもしれない。



でも、不安で押しつぶされそうなユナはとにかく誰かに指示を仰ぎたかった。



『大丈夫だよシュンヤ君。すぐに先生が来てくれるからね!』



ユナは苦しむシュンヤへ向けて一生懸命声をかけたのだった。

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