第23話
占い師だというその女性は常に相談受付カウンターにいるわけではなく、自分が占いで得た特定個人のお告げをアドバイスとしてその人に伝える必要がある時にだけその席に座っているのだそうだ。
そして目当ての人物が来ると今のように声をかけてここに案内をしているのだという。
例えば受けたクエストで予想外のトラブルが起きて誰かが死ぬようなお告げを受けた時はこの席に座ってその人を探して行くのを止めるようアドバイスをするが、誰かが行った飯屋で店員さんとぶつかって水を被って風邪を引く程度のことであればわざわざ来ないと。
無報酬でやっているそうなので、不定期のボランティアのようなものかもしれない。
ということは今日彼女がアドバイスする人間は俺ということで、俺には彼女の話を聞く権利があるわけだ。
「所詮占いと信じてくれない人もいますが、それでも私がギルドからこの場所を与えられている意味を考えれば、聞いてみるだけの価値があると、思いませんか…?」
彼女は自信なさそうにおどおどしながらも俺に自分の話は聞くべきだと伝えたいようで、遠回しながらも自分の能力をアピールしてくる。
そんなことしなくても俺はもらえるものはもらう主義なので、有難く彼女のアドバイスに耳を傾けようと思っている。
「貴方へのアドバイスは少し変わっていました」
俺が素直に聞く姿勢を見せて向かいに座ると彼女は安堵の息を漏らしながらそう切り出した。
「普段のお告げはその人自身に起こる危険が主なものです。ですが、貴方の場合は貴方の能力で助けられる人がいるという内容でした」
「へ?」
「ですがその機会が訪れるのは少なくても3年は先のようです。でもその人を助けるためには今から努力しないと間に合わない、とありました」
「…えっと?」
「つまり、貴方が今から何らかの力を磨くと、数年後に誰かを助けられる、というものです」
「は、はあ…」
俺は彼女のアドバイスを理解しようと俯く。
彼女が受けた俺のお告げの内容は何とも抽象的だった。
けれど、確かに見過ごせないものでもあった。
だって俺が今から努力しないと、誰かが助からない、下手をすると死ぬかもしれないということだろうから。
……そんなのは嫌だ。
俺のせいで誰かが死ぬのなんてのは、もうこりごりなんだ。
だから俺は顔を上げて彼女にこう言った。
「わかりました。何をかはわかりませんが、俺は今から自分のできる限りで人の助けになるような力を身につけるために修行をします」
そして席を立って彼女に礼を言い、踵を返して寄宿舎には行かずにキャリード先生の下へ向かった。
「急ですみませんが、俺に一週間の休みをください」
ギルド長室で先生を掴まえた俺はギルド長と、先ほど別れたばかりのキアラが驚く中で先生にそう願い出た。
忘れそうになるが俺はまだ騎士学園の6年生だ。
だから休むならば担任の先生に報告しなければならないわけで、その間寄宿舎にも帰らないから外泊許可ももらわなければならない。
「そりゃいいが、どこに行くんだ?」
俺の言葉に面を喰らいながらも先生は許可をくれ、俺の目的を訪ねる。
順番が逆では?と思うが、俺がサボったりするような奴じゃないと信頼されている証だと思って有難く受け取り、
「実家、というか実家の近くにある教会です」
と端的に答えた。
「なんで?」
「さっき下で占い師だという女性にアドバイスをもらったからです」
続く質問にも同じように答えるが、決して面倒臭いわけではなく他に答えようがないだけだ。
すると先生は俺の言葉に目を開き、
「占い師のアドバイスって、あれか!?相談受付カウンターの魔女にか!?」
そう言って俺に詰め寄ってきた。
「ま、魔女…?」
「ああ。ちっちゃくておどおどしてっけど腕は一流な、超陰気臭い魔女!」
「あ、あー…」
俺は先生の些か失礼な言葉に頷いてもいいものか迷ったが、恐らく俺が出会った人物と先生が言う『魔女』は同一人物だろう。
なので「多分」とだけ答える。
「なら帰れ、すぐ帰れ!何を言われたか知らんが、あいつに言われたことだけは絶対に守れ」
俺がそう言うと先生は俺の肩をがしりと掴み、そのまま回れ右をさせて俺を追い出そうとする。
「いや、なにもそこまで急がなくても」
突然すぎる先生の強引な態度に驚くが、
「いや駄目だ。何故かあいつの占いは即アドバイスに従った行動を取らないと間に合わなくなるんだ」
先生はどこか遠くを眺めるような目でそう言った。
その様子は何か心当たりがあるような、しかも失敗した側であるような姿だったので、
「わかりました。なら今すぐ荷物まとめて出発しますね」
俺は偉大ではない先人の教えに従うことにした。
「司祭様、ご無沙汰してます、レィヴァンです」
その日の夜遅くに実家に着いた俺は明くる日、目的地である教会に足を運び、目的の人物である司祭を探した。
久々に再開した彼は俺を優しく迎え入れてくれ、お茶とお菓子で持て成してくれる。
「本当に久しぶりですね。どうかしたんですか?」
「はい。折り入ってお願いがあってきました」
司祭からの促しに俺は真っ直ぐに彼を見ながら答える。
学園に入学してから司祭とは会う機会がなかったが、それでも俺は王都で彼の噂を聞いたことがあった。
その噂は『グラリアの教会には凄腕の治癒術士がいる』というもの。
名前や身分については含まれていなかったが、この教会に治癒術士は彼一人のはずだったからこの『凄腕の治癒術士』は目の前にいる司祭のことで間違いないはずだ。
だから俺は今日ここに来た。
「昨日俺は王都にあるギルド内で相談受付カウンターを担当している占い師からアドバイスをもらったのですが、その内容が『俺が今から努力すれば3年後以降に誰かを助けられる』というものだったんです。具体的に何の能力で誰をどう助けられると聞いたわけではありませんが、言われた瞬間に回復系の魔法を学ぶべきだと思いまして、それで俺の知り合いで一番治癒術に詳しい司祭様に相談に来たんです」
俺はなるべく丁寧にここに来た理由と目的を司祭に話した。
ざっくり人助けのためと言っても彼は信じて力を貸してくれただろうが、助力を乞う以上彼にはちゃんと説明するべきだと思ったから。
司祭は俺の話を聞いて顎を摩りながら「ふむ、なるほど…」と一つ頷き、
「実はね、君が今日ここに来ることはわかっていたんですよ」
と言って笑って俺の前にあるお茶とお菓子を指差す。
あ、だからこれを用意していたと言いたいんだなと俺が気づくと、
「でも、私が神から告げられたのは『大切な半身を失ってしまい悲しみに暮れる君が来る』というものでした」
そう言いながらずずっとお茶を啜った。
それは何でもないことのように自然に語られたが、俺は肩がびくりと震えたのを感じる。
「それは…事実です。俺は五日前に親友を失いましたから…」
そして司祭にそう伝える声も震えていた。
もちろん忘れていたわけでもないし、今急に怖くなったわけでもない。
でも、俺はこの人に言わなくちゃいけないことがあったのを思い出した。
「昔、前の司祭様の引退式の時に司祭様に言われた通り、俺はいつかのためにってずっとこの剣で腕を磨いてきました。色んな事情が重なって俺は今Sランクの冒険者になって、妹の仇討に行くっていう親友と一緒に上級悪魔の下へ行きました。俺は彼の仇討に手を出さないという約束だったので彼の戦いを見守りながら、でもいざって時には上級悪魔から彼を守るつもりでいました。例えそれで恨まれても彼を失うよりはいいと思って。けど、実際は親友が上級悪魔の魔法に取り込まれるのを黙って見ていることしかできなかった」
俺は再び沸き上がってきた涙をぐっと堪えるために眉間に力を入れながら司祭を見る。
「ごめんなさい。せっかく忠告してくれたのに、俺はまだ努力が足りなかった。Sランクになれたからもういいと思って慢心していなかったかと言われたら、俺はなかったとは言えないと思います」
俺の目を真っ直ぐに見返す司祭は何も言わない。
「でも、だからこそ。占い師のアドバイスをもらった時、俺は俺にできること全てをやり切ってその時を迎えたいと思いました。今度こそ後悔しないために」
つ、と零れてしまった堪え切れなかった雫をなかったことにするようにぐいと力任せに拭って、俺は司祭に頭を下げた。
「俺には悲しみに浸っている時間なんてない。だから、どうか回復魔法を教えてください」
司祭は下げている俺の頭に向けて一つ息を吐き、「心の傷も癒えぬうちに…いや、癒すために、なのかな」と呟くと、
「わかりました。どこまでお役に立てるかはわかりませんが、できる限り協力しますよ」
そう言ってあの日と同じように笑ってくれた。
この日は司祭に予定があったため治癒術の訓練法を聞いたところで時間切れとなった。
けれどそれから学園に帰るまでの間と、学園を卒業した後は月一回程度司祭に確認してもらいながら俺は治癒術の修行に励んだ。
それから3年の修行を経た結論から言えば、俺には治癒の基本となる『ヒール』くらいしか使えないということがわかった。
指導してくれた司祭からも「君は術士ではありませんからこれ以上の治癒術は扱えないようです」と言われたので、これが俺の限界なのだろう。
では何の成果もなかったのかと言えばそうでもなく、俺は『自己回復』のスキルレベルを大きく上げることができたし、それに伴って『筋力増強』や『敏捷上昇』などのスキルも同様にレベルアップした。
きっとこれにも意味があるはずだ。
そして治癒術にある程度目途のついた俺は次はどうするべきか尋ねたい気持ちがあり、ギルドに寄る度にあの占い師の姿を探したが見つからなかった。
そのことをキアラに相談すれば、「それはきっと君のこれからの行動が的外れではないということを意味しているのでしょう。君が自分がやるべきだと思ったことをやればいいんだと思いますよぉ」という答えが返ってきたので、俺は治癒術の修行を続けながら実戦の修行も行うためにAランク依頼を片っ端から片付けていった。
お陰でキアラが出会ったという竜と俺も出会うことができ、本人から『神級の導き手』の話を聞くこともできた。
さらにその娘だというもう一人の伝説級と手合わせをしてもらいコテンパンにのされて、俺は三ヶ月ほど彼女に師事を仰いだ。
「力こそ全て」なんて闇落ちした戦士みたいなことを言うつもりはないが、力があって困ることはないと思ったことと、単純に悔しかったことがその理由だ。
まあ、単にやるべきことが思い浮かばなかっただけとも言うのだが、そうしていてもあの占い師と会わないということは大きく間違ってはいないということだと自分を納得させた。
そして季節は巡り、その日は何の前触れもなく、突然やって来た。
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