第24話

夏特有の真っ青な空に赤みが混じり始めた、気持ちのいい夕方。

刻々と色を変えていく夕暮れの空を眺めていたある男が何かに気づき、街中に聞こえそうな大声で叫んだ。

「ほ、星が落ちてくるぞおおおぉぉ!!!」

男の声を聞いた人々は声がした方を振り向き、男の姿が見えた人は男に倣って、男が見えなかった人々は男を見た人に倣って、波紋が広がっていくように男を中心として人々が順に空を見上げ始める。

そして口々にこう言った。

『空から金色の星が落ちてくる!!』


「レィヴァン!!」

「うぁっ!?」

その日、月に一度の司祭との訓練を終えて実家である『白銀の老猫亭』の食堂で夕飯を食べようとしていた俺は血相を変えた父親の声に飲んでいた水を吹き出しそうになった。

一体何事かと父を見れば、彼はかつてないほどの緊迫を顔に乗せて俺の手を掴む。

「お前ならなんとかできるかは知らんが、お前以外はなんともできんことが起きてる!早く外に!!」

「え?ええ??」

俺の手を引っ張る父が言っている意味はまるで理解できなかったが、とりあえず外に出ればわかるかと俺は調理場にいる母に「ちょっと行ってくるから俺のは後回しで~」とだけ声を掛け、父に従って外に出た。

そして外の光景を見て、『なんじゃこりゃあ!?』以外の言葉が見つからない状況に、俺は正しく「なんじゃこりゃあ!?」と叫んだ。

普段なら美しい夕焼けが広がっている空が今日は禍々しい赤紫色で、その真ん中には金色の尾を引く拳大の光の塊があった。

しかもそれは見る見る間に大きくなっていく。

どうやら天に放ったものが地に落ちるが如くあの光も重力に従ってか、ここに落ちようとしているようだ。

「わからん!星が落ちてきたと言う奴もいるし、何かが空を突き破っていると言う奴もいる!だが誰も状況は理解していない!!」

「だろうね!!」

俺の叫びに答えた父の言葉に俺も同意を示す。

こんな光景、前世でも見たことがない。

「どうだ!?何とかできそうか!!?」

大混乱の街の喧騒に負けないように父が張り上げた声は俺の耳に届いているが、その返事はすぐには俺の口から出ない。

『なんとかってなんだよ!』

『こんなわけわかんないもんに対抗なんてできるかよ!!』

何年も前に失った親友が何故か俺の頭の中でキレている。

だが想像の彼が言う通り、目の前の現象への対抗手段なんて何も浮かんではこなかった。

「……っ!!…~っ!!」

「ん?」

そう思っていると、その光の塊から何かが聞こえてきた。

いや、何かではない。

『誰か』だ。

「…~ン!!…ィ~ン!!」

その声は何かを言っている。

どうやら同じような響きを繰り返しているようだ。

「んんん??」

俺はさらに耳を澄ます。

すると、

「……レィヴァン!!」

「うわっ!?って、え!!?」

その光は俺の名前を呼んでいた。

聞き間違えようもないくらいにはっきりと。

「レィヴァン!!」

声は俺を呼ぶ。

「レィヴァン!!」

何度も、それしか言葉を知らないかのように。

「レィヴァン!!」

そしてその言葉に、声に、俺は泣きそうになった。

「……嘘だろ?」

「レィヴァン!!」

その声が誰のものであるか、気がついたからだ。

「レィヴァン!!」

「お、おい、何かお前、やたら呼ばれてるぞ?」

父も街の皆もその声に気がついて俺の顔を見る。

そしてその誰もが俺を見てぎょっとした。

「おまっ!?なんで泣いてるんだよ!!?」

俺は父の言葉で涙が堪え切れなくなって溢れ出ていたことを知る。

でもかまわない、関係ない。

俺の記憶が間違ってなければ、この声は涙なしには聞けないものだから。

「レィヴァン!!」

「…ッ、…スミス!!」

だから俺は声の主の名前を叫ぶ。

彼の声に負けないように、彼にちゃんと届くように。

「レィヴァン!?」

「スミス!!」

「いた、見つけた!!」

「スミス!俺はここだ!!」

俺は光に向かって手を伸ばす。

光も俺目掛けて落ちてくる。

「お、おい!?」

父は光にぶつかることを心配しているようだが、それに気がついていても俺は彼に大丈夫だと伝える余裕もそちらを向く余裕もない。

ドガッスン…!!

それくらい集中していたから、即座に『筋力増強』を掛けた俺は無事スミスを受け止めることができた。

『筋力増強』のレベルが上っててよかったよ。

「てててて…」

俺は受け止めた反動で背面を強かに打っていたが、腕の中にはちゃんと二人分の重みがあった。

それはちゃんと温かくて、確かに『生きている』体温だった。

もう二度と生きては会えないと思っていたのに。

……って、二人!?

「おい、スミス!!お前どうやって戻ってきた!?てかこの人は」

「クイン!!」

誰だ、と言う前にスミスはその人を抱え起こして名前を呼ぶ。

よく見れば二人は傷だらけで、特にクインと呼ばれた女性の背中には白く塗られた金属の板が幾つも刺さっていて、一目で重症だとわかる。

けれど、俺にはそれよりも重要なことがわかってしまった。

「頼む!!こいつを助けてくれ!!俺は転移で魔力を使い切っちまったから、今はこいつを治せない!!」

4年経ってかなり大人びたスミスはあの頃と変わらず大切な人のために命を懸けられる奴だったのだ。

きっとあっちでは治せないほどの重傷を負った彼女を助けるためにボロボロになりながらもどうにかしてこちらにやって来たのだろう。

「くそ!死なせてたまるか!!」

俺はありったけの魔力を込めて自分にできる最上位の回復呪文『ヒール』を唱える。

司祭の下で無詠唱化するほどに繰り返し練習して、魔力を多く練り込むことで『ハイヒール』以上の効果を出せるようになったそれを。

「お前、いつの間に『ヒール』なんて…。しかも、この回復量…」

「お前がいなくなってから色々あってな、俺も成長したんだよ!」

呆然と俺の『ヒール』を見ていたスミスの呟きになんとか笑って見せるが、傷が深すぎて正直俺の力では足りない。

俺は顔だけ後ろを向けて父に叫ぶ。

「父さん、教会に行って司祭様を呼んできてくれ!!早く!!」

「お、おう!」

父は俺の言葉でハッとしたように二度三度と瞬きをするとすぐに踵を返して走って行く。

よし、後は俺が司祭が来るまで彼女を持たせることができれば、彼女は助かる。

「絶対に助けるからな!」

……死ぬなよ、母さん!!

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