第22話

「キアラさんは前世って、知ってます?」

俺がそう言った時、彼は目を見開いて俺を見た。

その反応できっと彼は前世が何かを知っているんだと思った。

「何故その言葉を…?」

キアラはじっと俺を見る。

「え?」

気づけば先ほどまでの優しげな顔は一転、得体のしれない何かの正体を見極めようとしているみたいに彼の目元が険を帯びていた。

「えっと、俺には前世の記憶があるからです。しかもこの世界とは別の世界の」

俺はそれが何故かはわからなかったが包み隠さず彼に話した。

正体も何も、自分の体験から知っているに過ぎないのだと。

「……そういうことですかぁ」

キアラはふ、と肩の力を抜き、顔を柔和なものに戻した。

理由はわからないままだが、俺が脅威ではないとわかってくれたようだ。

「はい。というか、前世ってなんか拙い言葉でした?」

俺は彼の態度が気になったので、自分の話を続ける前にそのことを聞いてみた。

単純に概念が理解できるか否かという意味で知っているかと聞いただけだが、彼の反応は随分と過剰だったから。

「拙いわけではありませんよぉ?ただ、私がその言葉を聞いたのは今から200年ほど前で、相手が竜だったというだけで」

「えぇ!?」

彼は苦笑を漏らしながら俺の疑問に答えてくれたが、今度は俺が予想外の言葉に驚く番だった。

竜といえばこの世界でも特別な存在で、扱いはほぼ神に近い。

そんな存在に会ったことがあるのも凄いが、言葉を交わしたというのもまた凄い。

「その竜は昔、自らを転生者と名乗る男に出会ったことがあると言っていましたぁ。その際に転生者とは『別の世界で生きた人間が生まれ変わってこの世界に来た存在』だと教えてもらいましたよぉ。恐らくドライガが言っていた『別の世界で新たに生まれ変わる』というのはこのことを指すのでしょう?先日国王達にもそのように説明しましたぁ」

「ああ、そっか」

「君は初めからそれを疑問に思っている様子はないと思っていましたが、その概念を持っているなら君もドライガと同じなのかと思ってしまって。思わず警戒しちゃいました~」

あはは~、と幾分暢気に笑うキアラのその言葉に俺は初めてドライガが言っていた理論がこの世界では馴染みがないことに気がついた。

自分がそうだったからドライガも同じように別の世界での転生を願ったんだなと受け止めていたが、なるほど、言われてみればその通りだ。

「ということは、もしかして君も転生者とかいう方の存在なんですかぁ?」

頬に指を当てながらこてんと首を傾げるキアラに俺は頷く。

前例がいたというのは初耳だが、だからと言ってなんだというわけでもないだろうし、頷かなければ話は先に進まない。

「なるほどぉ。なら、もしかしたら『神級』という言葉は転生者のことを指すものなのかもしれませんねぇ」

だがそう言って妙に納得した様子で笑うキアラの言葉に俺は「ん?」と訝しい気持ちになる。

「あの、それってどういう…?」

俺がそう聞くと、

「その竜が出会った転生者は、あの『神級の導き手』だったらしいですからぁ」

相変わらずのほほんとしたまま、キアラは何でもないような顔で気軽に爆弾を落としてくれた。

「……マジすか」

「マジですぅ」

結果俺の語彙力は死んだが、とりあえずこのことは置いておくとして。

俺は改めてキアラに向き直り「こほん」と空咳をしてから続きを話し始めた。

「えっと、それで、俺の前世についてなんですけど」

「はい~」

「どうやら俺の前世での父親が、この間転移したスミスらしいんですよ」

「はい~」

………。

「はいぃ!?」

反応遅っ。

流石のキアラと言えど、この言葉はよっぽど予想外だったのだろう。

「俺、王城で初めてスミスのギルドカード見て、そこに書いてあったあいつの本名を見たんです」

俺は先ほどよりも目を白黒させているキアラを放置して説明を続ける。

なんとなくこの人ならその状態でも話を聞いて理解できるだろうと思ったから。

「そこにあった名前は俺の前世の父親と同じものでした。そして俺は前世で自分の父親が異世界人だと言われたのです」

俺は一度乱れてきた呼吸を整えようと深く息を吸う。

そして浅く吐き出してキアラの目を見た。

「俺の前世での名前はシャスバンドール零万。名字は父親のもので、名前も彼の母国語で付けたと聞きました」

「れいばん…」

「はい。俺のいた国ではレィヴァンという名前だと外国人扱いされるので、母親が気を利かせたんだと思います」

それでも相当目立つ名前だったし、結局名字は日本のものではないから意味はなかったけれど。

「俺はあの世界で17歳で死にました。そして死後、閻魔大王様っていう、まあ神様みたいな人に『お前の人生に手違いがあったから願いを聞いてやる』みたいな話をされて、『なら自分の名前の意味を教えてほしい』って願ったんです。そしたら『自分で確かめてこい』って言われて。それを思い出したのは五歳の洗礼の時です」

「ほえぇ…そーですかぁ…」

俺の説明にそう頷くものの、彼の目はどこか焦点が合っていない。

きっと彼の脳は今忙しく稼働し、俺の言ったことを理解しようと高速で回転しているはずだ。

ややしてキアラは、

「つまり、この世界で君と出会ったスミス君は異世界に行って子供を儲けて君の名前を付けた。そしてその子供が君の前世である、と…?」

と言って俺の話を完全に理解したことを示してくれた。

「はい、そうです」

それに俺が頷けばキアラは「ああ、うん、なるほどぉ、そうですかぁ、はぁ、なんてこと…」などとぶつぶつ呟く。

ようやく情報処理が追いついたけれど、感情面ではまだといったところか。

だが俺が伝えなければならないのはこの後だ。

「それで、その俺の父親とされる人物ですが」

敢えてスミスとは言わずそう言う。

まだ勘違いという可能性を残しておきたい俺の無駄でしかない悪足搔きで。

「転移してきてから4年後、あちらの俺が生まれて間もなくですが、俺の母親と一緒に事故で亡くなっているんです…」

「なんですってぇ!?」

けれど足掻いたところで事実は事実。

つまりスミスはこの世界に帰ることなく4年後(こちらとあちらの時の進み方が一緒かはわからないが)にはあちらの世界で亡くなるのだ。

今度はすぐにそれを理解したキアラも驚いた顔を瞬時に歪め、もう二度と彼に会えないことを知った。

「俺は彼の名前でそれに気づいてしまって、それで、あんなことに…」

俺は長くはないが内容の濃い愚痴兼言い訳をして、「本当にすみませんでした」と改めてキアラに謝罪した。


「元気を出してとは言えませんが、それでも今は耐えてください~。時間だけが解決してくれる傷もありますからぁ」と俺を送り出してくれたキアラに話を聞いてもらったお陰で少しだけすっきりすることができた俺は、とりあえず寄宿舎の部屋に帰ろうとギルドの玄関へ向かう。

3年前に初めて足を踏み入れた時からまるで変わらない賑やかなその場所に僅かな安堵を感じていると、

「あの、すみません…」

「ん?」

どこからか小さな声が聞こえてきた。

「あの、ここです、ここ」

「ん??」

さらに聞こえた声に俺が首を巡らせれば、

「ここです…」

初めてギルドに来た日に存在を認知しながらも一度も使ったことのない相談受付カウンターにいた小柄な女性が俺に向かって手招きをしていた。

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