第21話

俺は知ってしまった。

スミスがまだ異世界で生きていることを。

俺は気づいてしまった。

その世界で4年後に彼が事故で死んでしまうということを。

つまり俺はもう二度と彼と会うことができないのだ。

親友であり、前世の父親であった彼に。

「……なるほど。閻魔大王が俺をこの世界に転生させた理由がこれか」

俺は前世の生を終えた時、閻魔大王に願った。

自分の名前の意味を知りたいと。

その後俺はこの世界に転生し、スミスから俺の名前の意味についての推論を聞いた。

そしてそのスミスは俺の前世の世界に飛ばされ、息子である俺に今の俺の名前を付けた。

『卵が先か鶏が先か』のようにどちらが先かはわからない。

それでも、俺の名前は間違いなくスミスが言った意味で俺に付けられていたんだ。

「そりゃ、馬が合うはずだよ…」

なんたって親子だったんだから。

前世と今世、地球がある世界と今の世界。

世代も世界も超えた、それでも紛れもない親子。

「……ぅぅうううあああああああ!!!!」

なんで、なんで、なんで!!

もっと早く気づけていれば、もっと早く知っていれば。

俺は彼を止められたかもしれない、止められなくても助言ができたかもしれない、予め助ける準備ができていたかもしれないのに!!

俺は彼に何もしてやれなかった。

その『かもしれない』の一つでも成していれば俺はこの世に生まれなかっただろう。

でも、それでスミスが助かるならいいじゃないか。

俺が生きる代わりにスミスが死ぬなら、一人分の生しか選べないなら、俺じゃなくてスミスでもいいじゃないか!!

なんで、と思ったところで俺は気がつく。

「もしかして、これも幸運のせいなのか…?」

……冗談じゃない!!

親友を、父親を犠牲にして生きることの何が幸運なんだ!

本当に運がいいのなら、二人とも生きさせてくれよ!!

俺だけ生きて、幸せになんかなれるわけないだろ!!

その日から三日間。

俺は自身を呪いながら涙を流し続けた。


ガンガンッ

「レィヴァン!いい加減出てこい!!」

スミスがいなくなってから四日目の朝。

俺の部屋の扉を力任せに叩く音と怒声が聞こえた。

名乗られなくてもわかる。

声の主はキャリード先生だ。

「ケニス達から聞いたぞ。お前あの日から部屋に籠っててなんも食ってないらしいな!?」

そう言って先生はガンッとまた強く扉を叩く。

俺はといえばその言葉を聞いても「そういえばそうだったかもしれない」と鈍く思うだけだ。

「ふざけんなよ!!お前死ぬつもりか!?それでスミスが喜ぶかよ!!」

今度はガツンという音が下の方から聞こえる。

今度は蹴りを入れたのだろう。

「まずはここから出ろ!そんで飯食え!!」

ガンッとまた扉が悲鳴を上げた。

「そうだよ!出てこいよ!!」

「引きこもりなんてお前らしくねぇぞ!」

「君はスミスを迎えに行かないんですか!?」

先生の声の後には銀級トリオの声も聞こえてきた。

今まで黙っていただけで一緒にいたのかと俺はぼうっとする頭の片隅で認識する。

そうだな、皆の言う通りとは思わなくても、そろそろ何か腹に入れないと拙いとは思う。

4日くらいで餓死したりはしないだろうが、冒険者は身体が資本だということくらいはわかっているつもりだ。

スミスはもう救えなくても、彼の犠牲を無駄にしないためにも俺は生きなきゃならない…。

後悔しながらでもいい、歯を食いしばりながらでもいいから。

それでもちゃんと、彼のために生きなくちゃ。

そう思うのに俺の身体は動かない。

おかしいな、全身が鉛みたいだ。

「……レィヴァン?」

全く反応を示さない俺を不審に思ったのか、先生の声が怪訝そうな響きを含む。

せめて何か音でも出せないかと手に力を込めるが、ぴくりと小さく動くだけでとても扉の外に届くような大きな音は出せそうもない。

「おい!?お前、返事くらいしろ!!」

「レィヴァン君!!」

身体が動かないならと、俺を呼ぶ先生やエレリックの声に応えるために今度は口を開いてみる。

「……ぁ」

しかし出たのは微かな音と息が漏れる音だけ。

おいおい、どうしたんだよ俺の身体。

「開けますよ!?バートン!!」

「よしきた!どいてろ!!」

エレリックは急を要すると判断したのか強硬手段に出ることにしたようで、バートンに力業でドアを開けるよう指示を出す。

「おらああぁぁ!!」という掛け声と共に大柄なバートンの肩が飛び散る扉の破片越しに見えた。

おい、扉壊すなよ。

せめて外れる程度にしといてくれ。

「レィヴァン!!」

次第に朦朧とし出してきた意識の中でそんなことを考えていた俺の耳にケニスの声が届く。

彼の顔は見たことがないほど切羽詰まったもので、つまりそれだけ彼の目には俺が酷い状態に見えたのだろうかと思ったところで、俺の意識は急に途切れた。


目が覚めると、目の前にはキアラの顔があった。

「うわぁっ!?」

なんで、どうして、一体何が!?

混乱する頭で辺りを見回してそこがギルドの救護室だと気がつき、俺は自分の身に起きたことを思い出そうと頭を抱えた。

「えっと…?」

確か部屋に籠ってて、先生や銀級トリオが来て…。

「レィヴァン君がジェイク達に連れられてここに来たのが3時間くらい前でしょうかぁ。君は極度の疲労とストレス、それに脱水症状と軽度の栄養失調、さらに睡眠不足などが重なって気を失ったんですよぉ」

キアラはいつもの間延びしたような話し方で俺が何故ここにいるのかを教えてくれる。

きっと彼が回復術をかけてくれたから俺は目を覚ましたのだろう。

「す、すみません、お手数をおかけしました…」

「全くですよぅ。自己管理ができないなんて冒険者失格ですねぇ」

キアラは口では怒ったようにそう言いながらも顔は出来の悪い弟を見るような優しいもので、温かい手でそっと俺の頭を撫でてくれる。

俺は治まっていた涙が再び沸き上がってくるのを感じた。

今だけこの人に甘えてもいいだろうか。

500年の間に色んな人と出会い別れてきたであろうこの人になら、俺の気持ちがわかってもらえるんじゃないか。

なんとなくそう思って、俺は彼に問い掛けた。

「あの、キアラさん。ちょっと俺の話を、聞いてくれませんか…」

「ふふ、なんですかぁ?」

キアラは俺の問い掛けに続きを促す形で了承を返す。

俺はごくりと唾を飲み込み、この世界で初めて明かす俺の記憶について語ろうと口を開いた。

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