第20話

俺が首から下げていた記録用魔道具は録画用ではなく中継用だったらしい。

スミスが消えて呆然としゃがみ込んでいた俺のもとに王宮魔術師だという人が転移魔法で迎えにやって来た。

彼に連れられてギルドへ戻れば、そこには沈痛な顔をしたギルド長と先生、そして瞳を潤ませるキアラがいて、彼は何も言わない俺を抱きしめながら「レィヴァン君、ごめんね、ごめんね…」と繰り返した。

何故謝られているのかはわからなかった。

それでもキアラのお陰で、俺はようやく親友を失った悲しみを涙にすることができた。


それからしばらくして王城から遣いが来たというので席を外したギルド長は、すぐに戻ってきて俺に頭を下げた。

「こんな時に本当にすまない。国王と宰相が君を呼んでいる。申し訳ないが今すぐ王城へ行ってくれないか」

それに俺が答える前に、キアラと先生が気色ばんだ様子でギルド長に詰め寄る。

「お前ふざけんなよ!!断れよ!!」

「たとえ王でも時と場合を考えやがれ!この国滅ぼすぞゴラァ!!」

先生の暴言はともかく、キアラがブチ切れているのを見るのは久々だと、泣いたことでぼうっとしている頭で考える。

キアラはギルド職員ではあるがエルフなので恐らくこの国の国民ではない。

だから滅びてもいいということではないだろうが、国を相手取ってもいいと思ってくれる程度には俺とスミスを大事に思ってくれているのだと思えば、スミスを無くして冷え切っていた心が少しだけ温かくなる。

「いいなそれ、俺も協力するぜ!」

「私だって心の底から協力したいのだがな。そうも言ってられん」

先生やギルド長もキアラの言葉に同調してくれた。

それだけでまたほわりと温かみが広がる。

この人達はこんなにも俺を想ってくれている。

だからこそ、彼らに迷惑をかけてはいけない。

「俺なら大丈夫ですから。行きますよ」

俺はできる限り笑顔で言い合いをしている三人に言う。

気遣ってくれてありがとう、守ってくれてありがとうと伝えられるように。

「スミスが特別な奴なんだってことはなんとなくわかっています。急がなきゃならない理由があることも。だから大丈夫です」

でも俺はいつまでも守ってもらうばかりの子供じゃいられないから。

唯一現場で見届けた者として、俺には全てを伝える義務があると思う。

政治的な事はわからなくてもスミスがドライガに言った「俺と違って、ちゃんと王族として受け入れられて」という言葉を聞いた時から、彼の正体はなんとなく察している。

初めて会った時デイモンド伯爵が「詳しくは言えないが」と言っていた理由がそれだということも。

「あいつは隣国の王子…かはわからないけど、いずれ王族なんでしょう?なら早くしないと国際問題になってしまう」

「レィヴァン君…」

「早くあいつの家族に伝えないと。あいつは上級悪魔相手に立派に戦って仇討を果たして、今もどこかで生きてるって」

そう言って俺は拳を握る。

まだ諦めるのは早いと。

「だから行きます。いつあいつが帰ってきてもいいように。もしくは俺が迎えにいけるように」


遣いの人に連れられて登城するとすぐに謁見の間に通された。

そしてほどなく現れた見覚えのある二人の姿に、内心で「やっぱり」と思う。

「楽にせよ。今だけは無作法も不調法も問わぬ。……大儀であったな」

それにそう言った玉座にある人物は、ギルド長室のソファに座ってスミスの話を聞いたおじさん。

「私達も映像を見せてもらっていた。彼の国との契約で国の人間もギルドの人間も彼には関われなかったのだが…、そのせいで君には随分辛い思いをさせてしまったね」

俺を気遣うように言ってくれたのは、その隣に座っていたおじいさんだ。

やはり彼らは国王と宰相であったらしい。

「……先日お目にかかった際にはご挨拶も致しませず申し訳ございません。Sランク冒険者である神級の勇者、レィヴァンにございます」

お決まりの口上を述べた後、俺は国王に言われた通り跪いていた姿勢を解き、普通の立礼で以って国王に話しかける。

「それに、幼き日に賜りました我が剣のお礼も遅くなりまして申し訳ございません」

「よい。そも予に目見える機会も稀よ」

国王は俺の言葉に短く息を吐くと玉座に肘をつき気重気に俺を見る。

「さて、其方の持つあの者のギルドカードについて、本来ならば戦いの映像と共に遺品として彼の国に送るところではあるが」

「スミスはまだ死んでいません!!」

国王の言葉に俺はつい反射的に叫んでしまい、すぐに「し、失礼しました」と謝罪する。

「よい。作法は問わぬと言ったであろう」

だが国王は困ったように笑うだけで俺を咎めはしなかった。

俺は今まで目の前にいるこの国王についてはただ『国王』という役職に就く人間であるという認識で、彼が個人としてどのような人物であるのか考えたことはなかったが、前世の記憶を紐解く限りこの人は為政者としては『当たり』だろうと思った。

心が広く、器も度量も大きそうだ。

「そう、其方が言った通りあの者はまだ死んだと決まったわけではない。だが、この世界に戻す術があるかどうかは、正直わからんでな…」

国王は言うなり頭を押さえた。

そういえば彼からすれば今回の出来事は『自国で預かっていた他国の王族が自国領で行方知れずになった』というもので、もしスミスの国から責任を問われた場合の責任者なのだと思い至る。

そりゃあ心労も凄いだろう。

「とりあえずそれらは一度国で預からせてほしい。記録用魔道具と共に宰相に渡してくれ」

そう思えば疲れ切ったようにも見える国王がそう言うのと同時におじいちゃん宰相が俺の方に近寄ってくる。

俺は急いで記録用の魔道具を外し彼に渡した。

そしてポケットからスミスが入れた金色のカードを取り出し、ふと思い立って彼の名前を確認する。

彼はあの時、ずっと『ルアナ』と呼んでいた妹を『ルイズアンナ』と言った。

もしかしたらそれは略称というか、愛称だったのかもしれない。

けれどもしそれがケニスと同じ隠し名だったのだとしたら彼にも隠し名があるのかもしれないと思ったのだ。

「……ぇ」

そうして確認したスミスの名前に俺は言葉を失って固まった。

そこにはある意味予想通り彼の隠し名が記載されていたのだが、その文字列自体は俺の予想もしていないものだったのだ。

「……どうかしたかい?」

動かない俺を不審に思った宰相の気遣わしげな声にも、一瞬で凍り付いてしまったような俺は答えることができない。

だって、そこにあった文字は。

『スミナリス・シャスバンドール/金級の魔術師』

前世の俺の父親の名前だったのだから。

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