第11話

翌日から俺達は何事もなかったかのようにチームで依頼に取り組んだ。

ドライガらしき魔物の件はギルド預かりになったし、先生も引退してはいるが元S級の冒険者として彼らと共に事件解決に向けて動くことになったからだ。

そうなればあの話以上に俺達が役立てることはない。

元々『ギルドに登録してから三ヶ月間は各々依頼に取り組むように』という授業方針だったので先生がいなくても学業に影響はなかった。

だから事件のことは一旦置いておいて、俺達は俺達なりに頑張ろうとしたのだ。

結果、チームの調子も悪くなかった俺達は最近ではギルドに許可をもらってD級の依頼にも手を出せるようになっていた。

勇者の俺、剣士のケニス、戦士のバートン、賢者のエレリックに魔術師のスミス。

等級だけで揃えられたメンバーだったが、運よく前衛、後衛のバランスがいいチームで、最初の頃の蟠りが嘘のように連携だってクラスメイトのどのチームよりも上手い自信がある。

それは依頼をこなす上でも変わらず、俺達はこの一ヶ月、快進撃と評されるほど順調に依頼を達成していた。

けれど、

「スミス!前に出過ぎだ!!なんで後衛が俺の隣にいるんだよ!?」

「この程度の奴らなら問題ない」

「なくても!不用意に陣形は崩すな!!」

一ヶ月前のあの日以来、明らかにスミスの様子がおかしかった。

普段なら攻撃の邪魔になると絶対に前には出てこなかったのに、気がつくと前衛と同じ位置に立っていたり、

「っ!!」

「いや、無茶だろ!?何やってんだ!」

今みたいに攻撃力なんてほとんどない魔法補助用の杖で魔物に殴り掛かったり。

とにかく冷静で慎重な彼らしくなかった。


「お前、いい加減にしろよ!」

「……」

戦闘がひと段落したタイミングで、俺はとうとうキレた。

先ほどの戦闘はグレートボア二体とビッグボア三体の群れとだったが、最後のグレートボアを倒した後、スミスは息つく間もなくグレートボア一体とビッグボア二体の小さな群れとビッグボア五体の群れを同時に釣ってきたのだ。

お陰で壁役をしてくれていたバートンは回復もままならない状態で戦わなくてはならず、サポートを担うはずのエレリックはバートンの回復を優先しなければならなかったし、そのせいでサポートが不十分だったケニスは怪我を負った。

俺は一人でも自己回復と鼓舞のスキルで戦えるが、それでも複数体を相手に三人を庇いながら戦うのは難しい。

なのにスミスは途中で「まだいた」と言って戦線を離れたばかりか、さらにグレートボアを二体連れて復活しかけた戦線をまたも壊しやがったのだ。

キレるなという方が無理だろう。

「あんな無茶してたら取り返しがつかなくなるぞ!」

「わかってるよ」

「わかってない!!」

スミスは不貞腐れた子供のようにそっぽを向いて俺と目を合わせない。

最近は部屋でもこんな状態で、酷いと夜中に一人でどこかへ行って明け方ボロボロになって帰ってきたりする。

今のスミスは誰が見ても自棄になっていた。

俺は親友のそんな姿をこれ以上見ていられない。

「お前が焦るのはわかる。けど、それで仲間を傷つけてたら意味ないだろ!?」

スミスの胸倉を掴み、視線を合わせようと顔を近づける。

だがスミスは頑として俺を見ない。

「死んだ人間は帰って来ないんだぞ!!」

だから俺は注意を引くために、敢えてそう言った。

妹が目の前で死んだというスミスに。

ちらりと見えたエレリックは「あ」の形に口を開けて青褪めている。

「るせぇな!!んなこと、嫌ってほど知ってんだよ!!」

案の定、スミスの目には一瞬で怒りの炎が灯り、その目がギロリと音がしそうなほどの強さで俺に向けられた。

先ほどから口を出せないでおろおろしている銀級トリオはその目を見ただけで「ひっ」と小さく悲鳴を上げて縮こまる。

いや、向けられてる俺の方が何倍も怖いからな?

「人の死を知らない奴が、偉そうに言ってんじゃねーよ!!」

一瞬意識の逸れた俺に、今度はスミスが俺の目を覗き込む。

逸らせないようにか頭をがっちりと掴まれた。

「助けられなかった絶望も、二度と会えない哀しみも、何一つ知らないくせに…!!」

みしりとこめかみから音がする。

ブチブチと髪が抜ける音も聞こえる。

そして、ボタボタと涙が零れる音がした。

「俺が魔術師じゃなくて勇者だったら、金級じゃなくて神級だったら、ルアナを助けられたかもしれないのに!!」

「スミス…」

「俺は早く強くならなきゃいけないんだ!こんなとこで暢気に猪狩ってる場合じゃねぇんだよ!!」

顔をぐしゃぐしゃにしながら吠えたスミスは俺の目を見てさらに顔を歪める。

目の炎は怒りから憎悪に変わり、激しく燃え上がった。

「俺は…なんでこんなに弱いんだ…」

そしてふっとその炎が消えると、同時に力が抜けたように膝から頽れる。

まるで魂の抜けたようなそれに、あの日からずっと張り詰めていた糸が切れたのだとわかった。

項垂れた頭が、成長途中の細い肩が、肉の薄い背が小さく震える。

前に俺の名前が羨ましいと、神に英雄候補だと認められていることが羨ましいと言っていた本当の理由が今になって理解できて、俺の胸を締め付けた。

そしてそんなことをスミスに言わせてしまった自分の幸運を疎ましくさえ思った。

でも、そんな言葉で俺に希望をくれたスミスだからこそ。

今度は俺が救わなきゃ。

ややして、小さく嗚咽を漏らすスミスに向かって俺は口を開いた。

「……スミス」

俺はできる限り静かな声で彼の名前を呼ぶ。

呼ばれた方は僅かに肩が動いたが、答えはない。

「スミス」

今度は呼び掛けるように言う。

彼は答えない。

「なあ、スミス」

もう一度同じように呼ぶ。

彼は答えない。

「スーミースー」

「……んだよ」

もう一度呼べば、顔こそ上げなかったものの、彼は小さく応えを返す。

俺の粘り勝ちだ。

「俺さ、お前のこと、この世界で一番俺のことをわかってくれる親友だと思ってるんだ」

それで得意になった俺は足元にある頭に向かってそう言った。

するとその頭は小さく揺れ、彼のさらりとした金色の髪も後を追うように合わせて流れる。

「お前は俺の言いたいこと、やりたいこと、やってほしいこと、なんでもすぐにわかってくれるし、俺が嫌なことは絶対しない」

いたずらはするけど、そこは今言わないでおこう。

「一緒にいて楽しいし、嫌だと思ったことなんて一度もない。お前はどうだったかわかんないけど、俺はこの3年とちょっとの間、お前と一緒でよかったと思うよ」

俺が言葉を発する度にゆらゆらと揺れる金色は、段々傾いてきた陽の光でオレンジ色になっていた。

俺の目と同じ色だ。

「だからさ、こんなことでお前と一緒にいられなくなったり、気まずくなるのなんて、嫌なんだよ」

俺がそう言うと同時に、さあっと風が吹く。

金の髪がさらに流れる。

「なあ、俺の大事な親友を取り上げないでくれないか?」

そして俄かに強さを増した風が、ゆっくりと顔を上げたスミスの髪を靡かせて、彼の顔を俺に晒した。

その顔にはまだ涙の痕が残っていたけど、表情は驚きと苦笑が混じったような、擽ったそうなもので。

「お前、恥ずかしい奴だな」

そう言ったスミスはようやく笑顔を見せてくれた。

「はは、俺もそう思う」

それは酷く不格好な笑みで、だから俺もつられて不格好に笑ってしまった。

それがお互いに変にツボに入って、「変な顔」「お前こそ」「いや俺はどんな顔でもイケてる」「そうだけど」と笑い合った。

重かった空気は笑い声に塗り替えられ、風に溶けてどんどん薄くなっていく。

いつもの空気が戻って来るのも時間の問題だった。

銀級トリオはそれを見てほっとしたような顔で互いを見て、何やら頻りに頷き合っている。

いやお前らもなんか喋れよ。

お前らもチームで、仲間だろうが。

「…お前のお陰でやっと冷静になれた気がする」

スミスは笑いを収めるとゆっくり立ち上がって、今度は近くの木に背を預ける。

はあ、と深いため息を吐く彼が一回り以上細くなっていることに今更気がついた。

「最近、何をしてても落ち着かないんだ。妙に焦って、早く強くならなきゃって思いばかり沸き上がってきてた。夜になって寝ようと思っても、夢ではずっと妹が喰われ続けて死に続ける。見ていられなくて外に出れば、出会う魔物は全部あいつに見えた。苛立ち紛れに片っ端から倒しても気は晴れなくて、気がつけば日が昇ってる。俺はこの一ヶ月、何をやってたんだろうな」

ぐしゃりと前髪を握った彼はそう言って、こけてしまった頬にまた一筋の涙を流した。

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