第9話
ギルドカードをよく見てみると飾り文字で名前と等級がある人は等級と適性職業が記入されていた。
俺のカードには『レィヴァン/神級の勇者』とある。
きっとスミスのカードには『スミス・バンドル/金級の魔術師』と書かれているのだろう。
これはもしも一人きりで亡くなっていても、遺体が持っているカードを見れば身元がわかるように、という意味合いもあるらしい。
白骨化していた場合などを想定して個人特定用に名前以外の情報が書いてあるのだと思うし。
神級や強運だからと言って気を抜くことなく、この先身元証明でカードが役立つことがないようにしなければ。
この世に絶対なんてないのだから。
「なんか疲れたしホントはもう帰りたいんだけど、そうもいかないからそこの依頼ボードからできそうなもんテキトーに選んで行って帰ってこいや」
いよいよこれから初めての依頼だと褌を締め直している俺とは反対に、先生はぐったりとした様子で俺達を雑に手を振って送り出す。
可愛い教え子の初依頼なのだからもう少しやる気が出るようなことを言ってほしいと思うが、もし俺がそう言えば「誰のせいだと思ってやがる」と言われることは目に見えているので、俺はチームメイトと共に黙って依頼ボードに向かった。
しかし、いざ並べられている依頼書を見てみると、
「何がいいですかねぇ」
「最初はF級かE級から選べって言われたけど」
「「「うーん…」」」
ざっとそれを眺めた銀級トリオは揃って低く唸る。
自分達は駆け出し、ひよっこ、青二才。
色々な言葉を思い浮かべて納得しようとするがやはり難しいようで、「いくら何でもこれはないだろ!」と思わずケニスが叫んでしまうくらい簡単な依頼しかなかった。
具体的に言えば無印は森の入口から中部に生えている各種薬草の採取、F級は森の中部から奥地に生えている複数薬草の採取やジャイアントアントの討伐、E級でもビッグボアの討伐というもの。
薬草の採取も討伐も授業でやったようなものばかりで、正直最初の依頼としては物足りないという思いが隠せない。
カードに表示されるランクはあくまでソロでのレベルらしいので、チームを組んでいる今はそう思うのも仕方がないと思われる。
「ぶっちゃけD級でもつまんなそうだけどな」
「スミス、めっ!」
特にスミスや俺はぱっと見D級どころかC級ですら微妙に思える。
D級のグレートボアは10歳の時に狩っている(老司祭引退式の後に別個体を父と狩った)し、C級のビッグベアも大きさが変わるだけで強さ的にはグレートボアと然程変わらない。
B級のレッドグリズリーの討伐くらいならまだいくらか面白そうなのだが。
けれどそう言うと他の三人に申し訳ないので、スミスはせめてD級と言ったようだ。
それでもたまたま近くにいた他のクラスメイトが居心地悪そうにしていたので一応口に出すなと叱っておく。
「君達ならそう言うと思いましたよぉ」
「うわ、出た!?」
すると背後から気配もなく近づいてきたキアラが俺とスミスに飛びついてきた。
どこからかわからないが、俺達の話もばっちり聞いていたらしい。
「もう、スミス君たらぁ、人をそんなお化けみたいに言うものじゃないですよ~?」
ぎゅうっと俺達を抱きしめながらキアラが笑う。
「あはははは」となんだか爽やかな笑い声が聞こえるが、何故だろう妙に胡散臭い。
「~~~~~っ!!」
「……ん?」
そう思っていると反対腕に掴まれているスミスがなにやらジタバタと暴れている、いや藻掻いている。
どうしたと聞く前に俺は気がついた。
「ちょ、スミス!?」
よく見るとキアラの腕がぎっちりとスミスの首を絞めていることに。
しかも結構ガチめだ。
「キ、キアラさん!腕!!首!絞まってますよ!!?」
「あはははは。やだなぁ、もちろん知ってるよぉ?」
「あ、ですよね!?」
俺はキアラに言うが彼はどこ吹く風で笑顔のままスミスを絞め続ける。
もしかして『出た』発言がお気に召さなかったのだろうか。
「さっきから人を化け物と言ったりお化け扱いしたり。そんな子にはちょーっと教育が必要かなーって、ねぇ?」
キアラはにこにこと笑いながら、その細身からは想像もできないような力業でスミスの首を絞め続ける。
「うわー、ごめんなさいー!!」
「んふふ~、だぁめ」
「いやー!?スミスー!!」
俺はその手を解いてもらおうと彼の代わりに謝罪したが、彼が許してくれることはなかった。
「ぜっ…ぜっ……っはー、酷い目に遭ったぜ…」
騒ぎに気づいた先生とギルド長のお陰でスミスは無事解放された。
その顔は青く息も絶え絶えだったが、絞め落としたキアラによる回復術ですぐに元に戻る。
というか絞めている間も何度か回復術を掛けられていたらしい。
それは安全なのか永遠に続く拷問なのか、どっちだろう。
「馬鹿スミス!!なんであんな怖い人にあんなこと言ったの!?」
「いやだってあれ完全に出たって感じの」
「あらぁ?まだお仕置きが足りないですかぁ?それにレィヴァン君も追加かなぁ?」
「「すみませんでした」」
俺が小声でスミスに詰め寄るとスミスも小声で応じたのだが、何故か背後にはキアラが。
俺達は反射的に頭を下げた。
そう言えばカードを作る時に見本で掲げていたカードはキアラのものだったのだろうが、その色は説明にあったどの色とも違っていた。
大きく『S』と書かれたカードの、黒に緑や青のラメが混じったような、宇宙を思わせるその色は…。
うん、きっと気づいちゃいけない奴だ。
前にスミスから「存命している伝説級は二人いて、一人は1200歳くらいのドラゴンと人間のハーフ、もう一人は500歳くらいのエルフって話だぜ」と聞いたし、多分間違いないけど。
俺はこの世界に二人しかいない伝説級の片方を見つけてしまったという真実にそっと蓋をした。
そりゃ間違いなく化け物だよ。
いくら神級とはいえ、経験の浅い俺では絶対に勝てない。
「さて、じゃあ本題に入りましょうかねぇ」
冗談ですよと笑いながら手を打ったキアラはそう言って俺達五人を集め、声を掛けて来た理由を話そうと一つ咳払いをしてから一枚の紙を取り出した。
「これはA級依頼なんですけど、今ちょーっと担当できる冒険者がいなくてぇ。君達にお願いできたらなぁって思っているんです~」
そう言いながら彼が俺達に見せた紙には
「レッサーデーモンの討伐及び周辺調査…?」
そんな文言が記載されており、出現場所として王都からほど近い山に印がついた地図代わりのイラストも載っていた。
山の麓には小さな村しかなく、あまり道が整備されていなさそうな場所ではあるが、馬に乗れる俺達なら一時間足らずで村まで行けるだろう場所だった。
そのため他の依頼に比べて遠くはあるが、今から行ってもよほどのことがない限り夕方には戻って来られる。
それ故キアラも俺達に見せたのだろうが、問題はそこではなかった。
「レ、レッサーデーモンって、あれだよ、な?」
「え、ええ、多分恐らくきっと、あれ…ですね?」
「だよなぁ?間違いないよなぁ?」
銀級トリオはそこに書かれていた魔物の名前に顔を青褪めさせる。
デーモン、つまり悪魔と言うこの世界で最も凶悪な魔物に対して怯えているのだ。
それでもさっきのスミスよりは血の気がある気はするが。
「しかも周辺調査って」
「一体ここには何が…?」
三人は恐る恐るといった様子でキアラを見上げた。
通常討伐依頼は討伐対象を無力化してしまえばそこで終わる。
にもかかわらず敢えて『周辺調査』と書かれている意味は何か。
また、確かにレッサー(劣等種)とは言え、初めての依頼が対悪魔では荷が勝ち過ぎているように思えるのだが、それでも彼がこれを俺達に持ってきた意味は何か。
俺も三人と同じようにキアラを見上げて説明を待った。
「実は先日この山の麓に住む木こりのおじいさんが変死体で発見されたのですが、どうもその犯人がレッサーデーモンらしいという噂が出ましてぇ。その出所を探っているうちに山の中でまた別の男性の変死体が見つかったんですね?そしたら発見者が「倒れている男に『二本角の生えた翼のある黒く光る二足歩行の何か』が襲い掛かっているのを見た」と言ったんですぅ。すると他にもそういった生き物を見た人が何人か出てきて、どうやらそれがレッサーデーモンだという噂の正体だとわかりましたぁ」
その説明を聞いて俺とエレリックが同じ疑問を持つ。
「……ん?」
「……つまり、『レッサーデーモンらしきもの』がいるだけで、確定ではない…?」
するとキアラは「はい~」と頷き、
「その通りですねぇ。なので今回の依頼は、正確には『レッサーデーモンと言われている何かの討伐』になりますぅ。そして正体が不明であるため、恐らく同時に周辺調査も必要となるだろうと言うことでその旨も初めから依頼に含まれている、というわけですぅ」
と言って周辺調査という文字を指差した。
つまりこれは討伐するにあたり必要になることを先に書いただけで、何か特別調べて報告せよということではないと。
「それに、もし正体が本当にレッサーデーモンで、君達では倒せないとなった場合にはそれを報告してくれればいいだけなので、そんなに気を負うこともないと思いますよ~」
そして救済策というか、討伐がマストではないとも言ってくれた。
それなら確かに駆け出し冒険者でもできるかもしれない。
行って調べて見て戦えなければ戻って報告する。
倒せたら倒す。
言葉だけ聞けばさほど難しい話でもない。
「…受けます」
「スミス?」
俺がそう考えているとそれまで黙って依頼書を見つめていたスミスが急に真面目な顔でキアラの言葉に了承を返した。
「その依頼、俺達が引き受けます」
そう言ってスミスは依頼書を握り潰さんばかりに強く掴む。
他のメンバーの意志も確認せずにそんなことを言うなんて、全く彼らしくない。
「おい?」
なんだか様子が変だと彼を見れば、その顔は酷く強張っていた。
「…もし皆が嫌でも、俺一人だとしても絶対に行きます」
「はあ!?」
「ど、どうしたんですか、急に」
普段は割とおちゃらけている彼らしくないその発言も不自然で、真意を探ろうとその横顔をじっと見ていると不意にスミスが別の人間に見えた気がした。
けれどそれが誰かもわからないうちにその感覚は消え、そこにはいつもより真剣な顔をした15歳の少年だけが残っている。
よくわからないが、きっと自分の勘違いだったのだと俺は無理やりその気持ちを頭から追い出した。
今はそれよりも話すべきことがあるから。
「スミス、どうしたんだよ?」
俺は彼の肩を掴んで俺の方を見るように力を入れる。
そうして合わせたスミスの目には強い焦燥と恐怖が見えた。
「俺が、行かなきゃ…」
「…スミス?」
俺が俯いてしまった彼の顔を覗き込むと、「そいつは…レッサーじゃない…」とスミスが呟く。
いつの間にかその肩が震え、目は瞳孔が大きく開いていた。
これは、果たして焦燥と恐怖だけだろうか。
その目の色は深淵を覗いた者が見せる絶望にも似ている気がした。
俺が「それってどういう…?」とその言葉の意味を問い返した、その瞬間、
「あいつは!!」
スミスはがばりと顔を上げ、これまたらしくなく声を荒げる。
開き切った瞳孔が、彼の薄い緑の瞳を黒く塗り潰している。
「あいつはレッサーデーモンなんかじゃない!あの山にいる、二本の角に黒い鱗肌で大きな蝙蝠の翼を持つそいつは…」
くしゃり、とスミスの顔が歪む。
「上級悪魔、黒龍のドライガ。全身を黒い鱗に覆われた龍のような見た目の悪魔で、俺は昔、そいつに目の前で妹を喰われた」
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