第8話

「さて、では依頼を受ける前に、皆にはギルドカードを作ってもらいますぅ」

そんな俺達に微笑まし気な目を向けたキアラは「まだですよぉ?」と笑いながら一枚のカードを取り出す。

透明で何も書かれていないそれはただのガラス板に見えるが、サイズ的に白紙状態のギルドカードなのだろう。

「これをこの魔道具の中に入れて、その上に手を置いてもらうと自動でカードが生成されます~。偽造はできませんし本人にしか使えませんが、大切なものですので無くしたりしないようにしてくださいねぇ?」

『はい!』

「あら、いいお返事ですね~」

キアラは今度こそ声を揃えて返事をした俺達の反応に嬉しそうに笑い、今度は内容が記載されたカードを持って俺達に見えるように掲げる。

「カードは自身の等級によって色が決まりますぅ。等級がなければ灰色、銅なら赤銅色、銀なら白銀、金なら黄金といった具合ですねぇ。そして真ん中には大きく適性ランクが書かれます。恐らく最初は何も書かれていませんが、依頼をこなしていくうちにランクは上がりますから、頑張ってくださいねぇ」

キアラがそう言ってカードを懐にしまうタイミングでお調子者のケニスが手を挙げた。

「はい、キアラさん」

「はい?なんでしょ~?」

タイミングが良かったからか、ケニスが一応礼儀正しい態度だったからかはわからないが、キアラは気を悪くした様子もなく笑顔で彼に応える。

「ランクはどうやったら上がったかわかるんですか?」

そして彼の言葉ににっこりと笑うと、「ふふ、やっぱり気になりますよねぇ?」と、そのことについても説明してくれた。

「このカードは登録者の身体や頭に記録された『経験値』と呼ばれるものが計測できるようになっていますぅ。言葉通りそれは皆さんが積み重ねた経験を数値化したもので、皆さんの成長度合いを測る指針となります。例えばどんな風に剣を振るって魔物を倒したのか、とか、どんな作戦を練って効率的に魔物を撃退したか、とかそういうのが経験値として換算されますねぇ。それを元に算出されたランクをここに反映しているので、経験値が溜まって必要なランクに達すれば勝手に文字が浮かび上がってきますよぉ」

「おおぉ…」

「依頼が終われば報告のために皆さんはギルドに戻って来ることになりますので、その時にランクが上がっていたら職員にお知らせくださいねぇ」

「はい!」

キアラは「他の皆さんもよろしいですかぁ?」と生徒を見回し、全員が「はい!」と返事をすると「なら早速カードを作ってみましょ~」と手を挙げ、順に魔道具の前へ来るように示した。

生徒達は我先にと魔道具の前に列を作り、並んだ者は他のクラスメイトがカードを作る様子を見ようと後ろから首を伸ばしている。

俺達も並ぶかと動き始めようとした時、俺達のチームは全員先生に呼ばれた。

「あー、レィヴァンとスミスはこっちに来い。ついでにケニスとエレリックとバートンも」

「はい?」

「なんすか?」

「つ、ついで…」

「まあまあ、仕方ないですよ」

「だな」

なんだろうと思いながら先生のもとに行けば、そこにもギルドカードを作る魔道具が置いてあった。

ただし、皆が使っているものよりも一回り大きく、側面には何やら小さな画面までついている。

「お前らはこっちで作っとけ。そっちの三人は大丈夫だろうが、お前ら二人は多分作れないからな」

先生はそれをペシペシと叩きながらさらっと俺達を呼んだ理由を告げた。

なるほど、見た目通りこっちの魔道具はあっちのアップグレード版ということか。

俺達が魔道具を眺めながら呼ばれた理由に納得していると、そこへ幾分慌てた様子のギルド長が近寄ってきた。

「おいおい、今年はそんな規格外の奴らがいるのかよ?」

そう言って近くにいたスミスをしげしげと見つめている。

いや、そんなじっくり見たところでなんもわかんないだろ。

そう思っていたがどうやら彼にはわかるらしく、スミスを見て顔を明るくした。

「へー、こっちの子は金級…かな」

凄いじゃん!とスミスの頭を撫で、次いで俺を見る。

だが「ん?」と呟くとすぐに驚いた顔をして、

「こっちは…え、嘘、全然読めない…」

そんな馬鹿なと先生を見るが、先生はにやりと笑うだけだ。

もしかしたら彼は鑑定とかそういうスキルで俺達を調べたのかもしれない。

俺はそれをギルド長に問おうとしたが、その前に答えが彼から発せられた。

「私の鑑定眼が弾かれるって、まさかこの子…」

「まあまあ、今見てればわかるから」

ギルド長はやはり俺の予想通り鑑定系のスキルを使ったらしい。

全部がそうかは知らないが、大抵の鑑定系スキルは相手との等級が同等以上ないと(銀級を調べる場合は銀級以上じゃないと)結果が出ないらしいので、スミスの能力が見えた彼はきっと金級なのだろう。

それより上の伝説級は存命している人が二人いるらしいが、たとえギルド長がそうだったとしても俺のことは見えないはずなので確証はないが。

先生はそんなギルド長の肩を掴んで実に楽しそうに笑っている。

歳も近そうだし、この二人(いや、恐らくキアラを含めた三人)はただの知り合い以上に仲が良いようだ。

「んじゃまずは銀級トリオ、ゴー」

先生はニヤニヤ顔のままケニス達三人に先にカードを作るように言う。

うちのクラスには銀級はこの三人だけなので先生はよく三人をそう呼んでいるが、それにもギルド長は驚きをみせた。

「金級の他に銀級が三人もいるのか!?今年は一体どうなっている!?」

「知らん。それこそ神の采配だろ」

平年であれば銀級は一人ないし二人であることを考えれば、確かにこの三人が銀級であることは凄い。

だからこそ最初三人は自分たちが一番だと思っていたのだろうが、今ではその自信は砕け散り、黒歴史として彼らの中で厳重に封印されている。

先生の言葉がそれを踏まえてのものかはわからないが、三人は曖昧に笑っただけだった。

「なるほどぉ、それで生徒たちが素直なんですねぇ?」

「キアラ」

先生とギルド長の会話が聞こえたのか、さっきまであちらの魔道具についていたキアラが会話に混ざってきた。

あちらは放っておいても大丈夫だろうかと思ってみれば、なんとすでに全員がカードを作り終わっているらしい。

「毎年絶対調子に乗った奴がいるからえいってするんだけど、今年は皆いい子だから不思議だったんですよねぇ」

「まあ、一番凄い奴がびっくりするくらい謙虚だからなぁ」

「へぇ~?」

早いなあと思いながら出来立てのカードを嬉しそうに眺めているクラスメイトを見た瞬間、俺の背にぞわりと悪寒が走った。

急いで振り返れば、「あらぁ、うふふふ…」と笑うキアラと目が合う。

「レィヴァン?」

俺の横に立っていたバートンは不思議そうな顔で俺とその視線の先にいるキアラとを見比べ、「どうかしたのか」と首を傾げた。

その横にいるケニスとエレリックも同じような顔をしている。

なんだ?わかったのは俺だけなのか?と思っていると、

「……あいつ、化け物かよ」

バートンの反対隣りにいるスミスも俺の感じているものを感じ取っていたようで、額から冷や汗を流していた。

一人対二人が見つめ合うこと数秒。

「んふふふふ~。いーもんみーっけ」

キアラがにんまりと笑い、目を逸らしてくれたお陰で俺達はようやく詰めていた息を吐き出せた。

無意識に呼吸を止めていたのだとその時初めて気がついたくらい、圧倒的なプレッシャーの中に俺達はいたのだ。

「……あんまり虐めてやるなよ?」

「虐めないですよぉ。むしろ気に入っちゃったぁ」

酸素を取り込むことに忙しかった俺とスミスはそんな先生とキアラの不穏な会話を聞くことができなかったが、精神衛生上できなくてよかったと思う。

後で誰かがそのことを教えてくれていたらもっとよかったのに、とは思うが。

「ほら、そろそろ作んないと依頼をする時間が無くなっちまう。ケニスから行け」

そうこうしているうちに時間が押した原因の三分の一を担っている先生がやっと脱線しまくった話を元に戻し、ようやく俺達もギルドカードを作ることになった。

「じゃ、いきます」

先生の指名で魔道具の前に立ったケニスは無記入のカードをセットするとその上に手を乗せた。

すると魔道具が白い光を放ち、一瞬で大きく膨れ上がったそれを瞬く間にカードが吸収していく。

そして光を吸ったカードはその光と同じ白銀に輝き、真ん中には『E』の文字。

ケニスだけのギルドカードがそこに鎮座していた。

「……できた」

ケニスはそれを大切そうに手に取ると、目を歪ませ、口を震わせる。

15歳の少年が宝物を手に入れた瞬間の顔がそこにはあった。

「おー、いきなりEか!流石銀級だな」

ケニスが手にしたカードを覗き込んだ先生はそう言うとケニスの肩を叩き、破顔する。

「普通は無印、銀級でも僅かにFスタートがいるくらいなんだが」

「君、もしかして魔物を倒したことがあったりしなぁい?」

「へ!?あ、あの、毎年休暇中は兄貴達とロック鳥を狩ったりします…けど」

「やっぱり~」

さらにギルド長やキアラも近寄ってケニスのカードを覗き込んだため、ケニスはかなり慌てた。

学園に入って3年、こんな風に人から関心を持たれたのは初めてだった。

「凄いよケニス!」

「流石銀級の剣士!」

すでにカードを作り終えていたクラスメイトからも称賛の声が上がる。

それに合わせて俺達もよくわからないながら「凄い凄い」とケニスを褒め称えた。

こういう時はノリって大事だよね。

やがてケニスは嬉しそうに笑い、拍手の中バートンと入れ替わって元の場所に戻っていく。

「やりにくー…」

一方でケニスを凄いと讃えつつも、そのすぐ後に自分がやるとなると気が重いと苦笑いしたバートンは、「ええいままよ」とお前ほんとに15歳か?と聞きたくなるセリフと共に手をかざした。

彼もまたケニスと同じ色の光を出すが、光の大きさはやや小さい。

そして出来上がった銀色のカードには『F』の文字。

先生達の話からすればそれでも十分すぎるほどに凄いのだが、『E』を見た後では些か見劣りするものに感じてしまう。

「んー、君は実戦経験があんまりないんだねぇ。でも、それでFが出るんだから、君も十分凄いよ~?」

「そうそう。例年はFでも一人いるかいないかだ。胸を張っていい」

だがギルド職員二人にそう言われ、バートンはなんとか笑顔を見せてエレリックと交代した。

「…では」

緊張した面持ちで一つ息を吸って手をかざしたエレリックは、バートンと同じ結果に終わった。

「…よかった、無印じゃなくて」

銀級ながらも後衛の『賢者』であるため授業では二人よりも活躍の場が少ないエレリックは、自分だけ『無印』なのではと内心ドキドキしていたらしい。

友人だからこそ他の二人に負けたくないという負けん気が冷静な彼にあったことに俺は少し驚いた。

「ふふ、君は多分座学の経験が反映されたんだねぇ」

「確かに、頭良さそうだもんな」

「賢者なんだから当たり前だろ?」

「「いやいやいや」」

そんなエレリックのF級は実戦以外の経験値のお陰らしく、職員二人は彼の努力を讃えたが先生はピンときていないらしい。

もしかして彼が自信を持てないのはその辺をよくわかっていない脳筋先生のせいでは…?

だとしたらエレリックにはこれを機に自信をつけてほしい。

彼は誰より努力家で、本当に凄い少年なのだから。

「よーし、んじゃ次俺な」

俺がそんなことを考えていると、どちらが先に行くかと聞くこともなくスミスは魔道具に向かっていった。

小声で「お前の後なんか絶対嫌だし」と呟いていったあたり、彼にもエレリックと似たような感覚があるのだろう。

一応神級と言われている俺はそれに苦笑するしかなかった。

「ほいっと」

スミスが無造作に手をかざすと、今までとは違い、辺りは黄色の光に包まれた。

光の大きさも部屋中を満たすほどで、失礼を承知で言えば今までで一番大きかったケニスとでさえ段違いだった。

そしてやや時間をかけて光が収まったそこには先生と同じ金色のカードがあり、中央には『C』の文字。

「……嘘だろ」

「マジで?」

「あららぁ?」

スミスと共にそれを見た先生は頬を引き攣らせ、ギルド長とキアラは目をまん丸に見開く。

前代未聞だ、ということがその表情だけで伝わった。

ぼそりと先生が呟いた「俺でもDだったのに…」と言う言葉は聞かなかったことにしてあげようと思う。

というか、僅かとは言え実戦経験があったらしいケニスより上ということは、彼にも授業以外での実戦経験があるということだろうか。

伯爵の家で行儀見習いの執事をやっていた、貴族の一員であるはずのスミスが…?

なんだかそれに少し違和感を覚えた。

「おお、すげぇ」

しかしその当事者は然したる感動もないようにひょいとそれを掴み上げ、一度眺めた後さっさと戻り、「次お前だぞ」と俺を押しやった。

「いや、お前もうちょっとさぁ…」

感慨とかねぇの?とあまりにも無頓着な様子にそう言えば、

「次がお前だってわかっててはしゃげるわけねぇじゃん」

と至極冷静に返された。

確かに元々クールな奴ではあるが平然とし過ぎているその態度は諦観に近い。

それは本来であればその年の英雄となれる金級らしくないものだった。

もしかして俺は彼から喜びの機会を奪ってしまったのだろうか。

そう思ってしまえば身勝手な自責の念に駆られる。

俺がいなければ、彼はもっと素直に喜べたのかもしれないのにと。

「あのなぁ、これでも俺はかなり喜んでるぜ?」

けれどスミスにはそんな俺の考えなんて筒抜けで。

彼は「表に出てないだけだから気を遣うな」と逆に俺を気遣ってくれる。

ならば俺がとるべき態度は一つだ。

「そっか。…Cランク、おめでとう」

「おう」

俺は自分が感じた情けなさややるせなさを全て心に押し込めて、スミスに笑顔でおめでとうを伝えた。

それに応じてくれた彼もまた笑顔だった。

俺はスミスとハイタッチを交わして入れ替わり、魔道具にカードをセットする。

そして手をかざそうとしたが、

「ちょっと待った。念のため、お前ら全員下向いとけ」

「え?」

その手を先生に掴んで止められ、待ったを掛けられる。

生徒たちは「何故?」と首を傾げるが、

「ほら早くしろ。失明しても知らんぞ?」

と言う先生の言葉を聞くや否や揃って素早く頭を下げた。

「ええ!?」

なにそれ、俺は大丈夫なの!?と思っていると、案の定先生から「お前も直視は避けた方がいいぞ」と言われ、静かに手を離された。

些か大げさに思えなくもないが、金級のスミスがあの光量ならば神級らしい俺ならどんなことになるかわからないとも思う。

俺は唾を飲み込み、呼吸を整えると、そっと手をかざして目を閉じた。

瞬間、

「わっ!?」

光の奔流が大きく渦を巻いているのが閉じた瞼の下からでもわかり、思わず手で目を庇う。

目を開けていれば確実に目を焼かれていただろう。

大げさなんて思って悪かったと、俺は忠告してくれた先生に感謝しながら光が収まるのを待った。

体感3分後、なんとなく薄まってきたように感じる光を見ようと目を開ければ、そこにはまるで虹色のオーロラのような不思議な色の光が揺蕩っていた。

それがゆっくりと少しずつカードに吸い込まれている。

その光景は幻想的で美しく、いつまででも眺めていたいような気分になるが、しかし。

「これ、あとどれくらいで終わるのかなぁ…」

そう思ってしまうほど、光の吸収は遅かった。

どころか、魔道具からは次第にカタカタと不穏な音が聞こえ始める。

部屋に満ちた光が薄くなるにつれてカタカタはガタガタになり、ゴトゴト、ゴットンゴットン、ガガガガガとどんどん魔道具の震えが大きくなって、繋ぎ目からは煙が出ているのも見えた。

「ちょ、ヒューゴさん、キアラさん!これ、大丈夫なんですか!?」

俺は焦ってギルドの二人に声を掛けたが、

「なにこれぇ…」

「こんな色、初めて見た…」

俺の光を呆然と眺める二人に俺の声は届かなかった。

それからさらに5分が経ち、無機物なのに疲れ果てた様子の魔道具がようやくその動きを止める。

そうしてできたカードを確認すると、

「…透明な、虹色…?」

カード自体は光に透けているが、表面はラメが掛かったように光っており、それによって角度で見える色が変わる玉虫色じみたカードができ上っていた。

そして真ん中の文字は。

「え、A…?」

ギルド長が口にした通り、『A』とあった。

「ちょっと待って、いきなりAってあるのぉ…?」

「俺が知るわけないだろ」

「ていうか、スタート時点でAランクって意味わかんないんだけど」

「ランクの意味あるのか?」

「ないだろうなぁ…」

三人は俺の持つカードを見てひそひそと囁き合うと、「「「はぁ~…」」」と酷く重いため息を吐いた。

それもそのはず、A級といえば実戦経験どころか魔物100匹相手に無傷で生き残れるような、ほとんど英雄と言ってもいいくらいの実力者に与えられるランクだ。

銀級の父について行って狩った程度の魔物でそんなランクが得られるのはおかしい。

と思ったが、そこで俺は気がついた。

魔物を倒したことも経験、勉強をしたことも経験、ならば。

一度別の人生を17年歩んだことも経験ではないかと。

この世界の学業は読み書き加減乗除算程度で、ひらがなカタカナ漢字の三種類の文字を覚える必要もなければ、微分積分を求める必要もない。

代わりに戦術や魔法を学ぶ必要はあるが、両方を知っている俺の総合学力はきっとエレリックどころかこの世界の大抵の人よりは上だろう。

確証は全くないが、その辺が加味されたのかもしれない。

というかそうでもなければこのランクは説明できない。

できないのだが、これも他人に説明できる内容であるはずがなく、結局詰んでいることに変わりはない。

え?俺はどうしたら…?

助けを求めようにも大人達は揃って項垂れており、生徒達はあのスミスでさえもどうしたらいいかわからないという顔で途方に暮れていた。

あ、でもそれなら逆に誰にも説明を求められないな。

そう考えて俺はこっそり安堵した。

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