第7話
あの騒動から3年が過ぎ、俺は騎士学園の4年生になった。
ここは6年制なのでまだ折り返し地点と言ったところだが、それでも先輩よりも後輩の方が増えていることに気がつくと、途端に自分が大人になったような気がするから不思議だ。
「あ、レィヴァン君、探しましたよ」
「ほえ?」
廊下の窓から今年度の新入生の姿を見てほくそ笑んでいると、後ろから誰かに声を掛けられる。
そちらを見ればエレリックが紙の束を持って立っていた。
「春期休暇の課題、まだ出していないのは君とスミスだけです」
「ああ!?忘れてた!!」
彼の言葉にそうだったと慌てふためいて鞄を漁る俺を見て、彼は肩を竦めて窓の外を見る。
すると新入生を見た瞬間にフッと瞳の光が消えたのを見てしまい、なんとなく3年前のことを思い出しているんだろうなと思ったが、触れない方がお互いのためだと考えて黙って鞄から見つけた課題の紙を取り出す。
「はいこれ。スミスの分も俺が持ってたから、丁度渡せてよかったよ」
「……何故に?」
「忘れそうだからって昨日預かった」
俺が紙を二枚渡すとエレリックは首を傾げたが、そう言うと今度は頬を引き攣らせる。
「金級なのに神級をパシリ扱いとは…」
どういう神経をしているんだとでも思っていそうな顔のまま「まあ彼は今さらですけど」とため息を吐き、彼はそれを今年も担任になった(というか俺とスミスのせいで6年間担任だろう)キャリード先生のもとへ届けるべく踵を返して去って行った。
その背が見えなくなる前に、この3年で見慣れた薄茶色の頭に赤と青の頭が加わるのをなんとなく眺める。
あの一斉土下座事件の後、俺は彼ら三人とは無事和解した。
というか多くの授業が五、六人のチーム制だったため、神級や金級とでもなんとかチームを組める銀級の彼らがチームメイトになったのだ。
しばらくの間は俺達二人に対して三人はぎくしゃくとしていたが、流石に1年もチームを組めば普通の級友になれるというもの。
そこから2年間さらに研鑽を積んだ今では信頼の置けるいいチームメイトだ。
今年も彼らと頑張るべく、俺は教室に戻って行った。
ちなみにケニスとバートンは俺もスミスも呼び捨てにするが、エレリックだけは俺に『君』をつける。
「貴族のスミスは呼び捨てにするのに何故平民の俺に君付け?」と問えば、「なんだか君は年齢の割に大人びているから同世代とは思えなくて」と思いの外核心を突く答えが返ってきた。
別の世界で17年間不幸に見舞われ続けたせいで心を閉ざしながら生きていた記憶がある俺は確かに同年代の中では精神年齢が上だろう。
スミスはクールだし頭が良い分落ち着いているが、多分それとは異なる異質感だ。
そこに気がつくとは流石は賢者様、なのかな。
「よし。お前らも4年生になったことだし、そろそろ自分の実力も気になってきた頃だろう」
4年生になって初めての集団戦闘の授業はキャリード先生のこんな言葉から始まった。
とりあえずは全員が彼の言葉に頷くと、先生はニッと唇を歪め、
「ってなわけで、今年からは冒険者ギルドに加入し、その依頼をチームでこなしてもらう。もちろん報酬は自分達の好きにして構わないから、どんどん上級を目指していけ」
そう言って自分が持っている金色に光るギルドカードを掲げて見せた。
その色は金級の勇者であることを示し、カードの真ん中に大きく描かれた『S』の文字はギルド最高峰のランクであることを意味している。
恐らく13年前のスカイドラゴン単独討伐の実績が彼をそのランクたらしめたのだ。
この3年間の授業で彼の強さを実感していたが、こうして目に見える形で示されると、
「かっこいー!!」
「すっげぇ…」
「俺もカード欲しい!S級になりたい!!」
15歳のやんちゃ盛りの少年達は目をキラキラと輝かせ、小さいけれど偉大なカードに尊敬と羨望を向ける。
ここに女の子の一人でもいれば、もしかしたら憧れの目も向けられたかもしれない。
しかし騎士学園と言うだけあって、ここには残念ながら男子生徒しかいないため、沸き上がった熱気はやたらと暑苦しく、むさ苦しく、汗臭いものだった。
「よーしよし。やる気が出たようでなによりだ。んじゃ早速手続きに行くぞー」
先生は上手いこと乗せられた生徒達を満足気に見渡してカードを懐にしまうと、手でついてくるように示しながら学園の外へ向けて歩き出した。
貴族街と平民街の間にある学園から徒歩15分。
商業区とでも言うべきそこに目的の建物が建っていた。
「すいませーん、連絡していた騎士学園の4年生です」
俺のように地方から来た生徒は珍しそうに建物を見上げ、元々王都に住んでいた生徒はしかし中に入ったことはないようで、緊張した面持ちで入り口に立つ先生の背を見つめている。
けれど数年前まで現役の冒険者でもあった先生にしてみれば勝手知ったるなんとやら、生徒達の感慨も感動も置いてけぼりでさっさとドアを開け、受付に向かって声を張り上げた。
「はいはーい、聞いてますよぉ」
すると、言い方は悪いが妙に気の抜けた話し方をする中性的な声が先生に応える。
「別室を用意してますから、そこで少しお待ちください~」
その人物がそう言ってすぐにぱたぱたと駆けていく背中では長い水色の髪を一本に結んだ束が左右に揺れていた。
そしてちょこんとした背の割には小さな頭の両サイドには、見間違いでなければ長い耳が見える。
「先生、もしかしてあの人…」
俺が今見てしまったものについて戸惑いながら口を開けば、
「ああ、エルフだな」
先生は何でもないことのように俺が言いたかったことを口にした。
と言うことは顔は見えなかったが、きっとあの人は美人さんだったのだろう。
日本で見かけた多くのファンタジーと同じように、この世界でもエルフは美形な種族として有名だから。
しかし、確かこの世界のエルフと言えば、目立って対立こそしていないもののそこまで友好な関係を築いていなかったような気がするのだが、違っただろうか。
俺がそう思っていることが顔に出たのだろう、先生は「お前はよく勉強しているな」と褒めてくれると、
「あいつ…キアラは別だから、エルフだからと言ってあまり気にするな」
「わっ!?」
俺の頭をわしゃわしゃと撫で回しながらそう言って他の生徒にも気にしないように伝えた。
お陰で俺の頭は鳥の巣のようにぐっちゃぐちゃだ。
…おいスミス、他人事だと思って笑ってんなよ。
「さて、あいつが戻って来る前に移動するか…」
あいつはキレると怖いぞ?と生徒達を脅しつつ、先生は別室とやらへ向けてさっさと歩き出した。
説明されなくてもその場所がわかっているようで、どんどん進むその背を小走りで追いながら、俺達は初めてのギルドに興奮しながらきょろきょろと建物の中を見回してみる。
依頼受け付けカウンター、魔物素材買取カウンター、依頼ボードというこれまた絵に描いたような冒険者ギルドがそこにあり、「すげぇな!」とはしゃぐクラスメイトとはまた別種の感動が俺にはあった。
「ん?」
だがそのある意味見慣れた景色群の中に見慣れないものが一つ混じる。
薬草買取カウンターの隣にひっそりとあったそこには
「……相談受付カウンター?」
そう書かれた看板と、一人の占い師らしき女性が座っていた。
どうやらギルドのシステムの一つのようだが、前世の知識ではあまり見ないシステムだなと妙に気になった。
「なあスミス、あれって」
だから俺はこういったことに妙に詳しいスミスに「あれはなんだ?」と聞こうとした。
だがその前に、
「ギルド長~?どこです~?騎士学園の生徒さん達がお見えですよぉ~?」
という、先ほどのエルフ―キアラの声が聞こえ、やや間を開けて、
「…ギルド長ぉ?いい加減出て来ないと、テメェのケツに槍突っ込むぞコラァ!!」
「ひぃっ!?こ、ここ、ここにいる!!ここにいるからああぁ!!」
と言う会話が聞こえてきた。
気のせいかキアラの声が2トーンくらい低くなっていて、別人かと思ってしまう。
「え、えー…」
けれど乱暴なその声の主が先ほどは穏やかな対応をしてくれたキアラだと言うことは明白で、生徒達が豹変とも言えるギャップに顔を青褪めさせる中、
「な?怖いだろ?」
先生だけが「あはは」と暢気に笑っていた。
「ようこそ騎士学園4年生の諸君。私がこのギルドの長を務めるヒューゴだ」
「私はギルド長の補佐をしています、キアラですぅ」
俺達が別室に移動してから然程時を経ずにキアラと共に現れた男は、禿頭で日に焼けて鍛えられた体にはいくつもの傷がある隻眼の、というようなギルド長と聞いて思い浮かべる屈強な男とは真逆の学者然とした眼鏡の優男だった。
そして正面から見たキアラは白いきめ細やかな肌に、切れ長の目元から淡い金色と銀色が混ざった不思議な瞳が覗く、とても美人な男性だった。
そう、声で予想はしていたが、とても美人なエルフの、ただし男…。
せっかくの異世界、初めて見るエルフは美人なお姉さんが良かったと思うのは贅沢なのか?
というか、何故俺の幸運はここで力を発揮しない!?
俺と同じように顔を見るまでは声の低い女性ではと期待していた他の何人かの生徒もあからさまにがっかりした顔をしていた。
「君達は今日からこのギルドの一員となり、街の人から寄せられた依頼をこなしていってもらうことになる。当然学生だからと言って依頼達成に妥協はない。他の冒険者同様厳しく査定をするので、そのつもりでしっかり励むように」
「もし身に余る依頼を請け負ってしまったら期限に関係なく早めに報告してくださいねぇ。もしくは他のクラスメイトに協力を仰いでも構いませんので、依頼者に迷惑を掛けないことを第一に依頼をこなしてください~」
そんな俺達の反応には慣れっこなのか気に留める素振りもなく、二人は俺達に一番大切なこととして冒険者の心得を説いていく。
「また、依頼中に他の冒険者を見かけた際には困りごとはないか、不審なことはなかったか、何か共有しておいた方がいい情報はないか、必ず確認すること」
「動けなくなっていたり、援護が必要な場合には見捨てることなく必ず対応をお願いしますぅ。平たく言えば現場では互いに助け合いましょうってことですね~」
「これらを怠る者には厳重注意、悪質な場合は資格剥奪もあり得るから、十分に留意してくれ」
ギルド長とキアラが交互に話す内容に俺達は真剣に耳を傾けた。
自分達がひよっこだという自覚もさることながら、二人の真剣な顔と雰囲気が自然とそうさせたように思える。
「とまあ、色々言いはしたが、一番気をつけてほしいのは危険なく安全に作業をする、という一点だ」
「元気に出かけて元気に帰ってくる、それさえできれば一流の冒険者と言っても過言ではありませんよぉ」
「いや過言だろ」
「S級のジェイクは黙っててください~。今のは一般論ですぅ」
そうして締めくくられた話に返事をする前に担任が茶々を入れたため、俺達は『は』の形で開いた口から音を出すタイミングを見失ったが、ともかくこれで俺達には冒険者としての心構えができた。
後は実践あるのみ。
俺はチームメイトを見回し、その誰もがわくわくした顔をしているのを見ながら期待に胸を高鳴らせた。
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