第5話

「スミス!!早くしないと遅刻だぞ!?」

「…何言ってんだよ、入学式は明日だろ」

「お前こそ何言ってんだ!今日はクラス発表と説明会だろうが!」

「………?……ああ、そういえば!?」

「ほら急げって!」

伯爵家から寄宿舎に移動して五日。

試験日の宣言通り、寄宿舎に入ったその日からスミスは素を見せるようになった。

一人称は『僕』から『俺』に、俺に対しては『貴方』もしくは『様付け』から『お前』もしくは『呼び捨て』に。

一体何枚の猫を被っていたのか、それともキャトレットのような上等な猫を被っていたのか。

ともかく今では俺たちの立場は半ば逆転していると言ってもいい。

つまり、学園で世話をしているのは俺で、世話をされているのは専らスミスだ。

「伯爵家ではちゃんと起きられてたのにな」

寄宿舎に来て気が抜けたのか、急に寝坊癖のついたスミスに俺が不思議に思って聞いてみれば、

「ああ、あっちでは毎朝同室のローウェンに起こしてもらってたから」

彼はにゃははと悪びれない笑顔で答えた。

俺はあまり関わっていないが、ローウェンは確か20歳前後の物腰柔らかな青年執事だったはずだ。

あの家でのスミスは彼の優しさに甘やかされていたらしい。

「だからこっちで起きられるかちょっと心配してたんだけど、伯爵の口添えのお陰でお前と同室になれてラッキーだったな」

そして今度は俺が甘えられる番だと、そういうことだろうか。

「いや、自分で起きろよ」

「やーだよ」

俺が顔を顰め迷惑だと言外に言えば、スミスはそれを正確に理解しながら拒否を示した。

それに対し「こいつ…」と思わないでもないが、一方でそれを悪くないと思っている自分もいた。

今世では一人っ子で家の手伝いばかりをしていた俺は同年代の友達というものにあまり縁がなく、こうやって関わるのは前世以来だったから。

「これからもお前に任せるよ」

だからそう言う彼の気安い態度も俺には久々で妙に毒気を抜かれ、最終的には「仕方ないな」と言ってしまう。

それに、何故かスミスとは物凄く気が合うのだ。

一緒にいて苦痛は何もなく、むしろ何年も一緒にいるようにお互いの考えていることがわかるほど理解し合えている。

本質が近いと言ってもいいかもしれない。

俺の言葉の裏にある気持ちがスミスには筒抜けになるというのは弊害だが、「頼んだ」と笑う彼の顔を見れば、不思議とそれでいいと思えた。


運よくと言うかやはりと言うか、俺とスミスは同じクラスだった。

「ま、そうだよな」

スミスも意外に思っている様子はなく、これも伯爵の口添えなんだろうと思っていると、

「クラスってあまり差が出ないように等級付きはまとめられるって話だったから、一握りもいないような金級と神級は一緒だと思ったよ」

そんな種明かしをされ、ならば道理かと俺は空いている席を探した。

教室内は前世のドラマで見た大学の教室に似ており、席は自由に決めていいようだった。

「…あそこ、空いてるよな?」

「……多分」

窓際の一番後ろの端に二席並んでの空きを見つけた俺はスミスと共にそこに陣取り、目に入った横の窓から見える景色が悪くないと気がついて、清々しい気持ちになる。

どうやら勉強のために通う同級生にとって一番後ろの端というこの席は魅力的ではないようで、明日からもこの席はキープできそうだった。

目立たなくて済む良い位置に窓の外は良い景色。

この時の俺は明日から始まる学園生活に何の憂いも感じていなかった。

程なくして教室の前の方の入口から背の高い40代前半だろう男性が入って来た。

恐らく彼が担任の教師なのだろう。

彼は持っていたバインダーを教壇に置くと、思い思いの席についた生徒たちをぐるりと見回した。

「初めまして、諸君。俺はジェイク・キャリード。君たちの担任となる者だ」

先生がそう名乗った瞬間、教室内が俄かに騒めく。

元々の知り合いか今日知り合った相手か知らないが、多くの生徒が近くの者同士でと何やら話をしているようだ。

顔からは驚きや僅かな興奮も見て取れる。

「静かに。全員揃っているとは思うが、出席確認を含めて自己紹介を頼みたい。では君からどうぞ」

先生は沸き起こった騒めきを小さく制すと、そう言いながら最前列の右端に座っていた生徒に声を掛けた。

いきなり指名された彼はかなり戸惑った様子だったが、「簡単でいい」と言われると控えめに立ち上がって出身地と名前を告げ、「よろしく」と言って座った。

短い気もしたが先生が「次、隣」と隣の生徒を指名すると、彼も同様に出身地と名前だけを告げ、次の生徒にバトンを渡していった。

なるほど、あのくらいでいいなら楽だな。

席順的にどうやら俺が最後になりそうなので身構える必要はなさそうだと、その隙に隣で退屈そうに自己紹介を眺めているスミスに先生のことを聞いてみた。

なんとなく先生が名前を告げた瞬間に起きた騒めきが気になったのだ。

するとスミスは「え、お前知らねぇの?」と驚いた顔をしたが、彼の話によると先生は引退した金級の勇者だそうで、この学園で一番の先生であるばかりか、冒険者としてもかなり有名人らしい。

「10年前に王都の近くに現れたスカイドラゴンを勇者が一人で倒したって話、聞いたことないか?」

「あー、聞いたことあるかも?」

「それがあの先生だよ」

「マジか」

そんな有名人ならそりゃ知らないのもびっくりだろうが、スミスは俺が地方民だということを忘れてはいないだろうか?

「田舎で暮らしてりゃ縁がない話だからな」

俺がそう言うとスミスは訝しがりながらも「そういうもんか」と頷いた。

っと、話している間に順番が回ってきたようだ。

「スミスです。よろしく」

先に当たったスミスは名前だけを言うとすぐに座る。

暗黙の了解のようなもので、王都出身者は出身地を言わないらしい。

今までにも結構いて、それはイコール王都住みの貴族であることを意味している。

「グラリアから来たレィヴァンです。よろしくお願いします」

そしてその隣、最後の自己紹介者である俺が皆に倣いそう言うと、前にいた数人の貴族子息が吹き出すのが見えた。

「レ、レィヴァンだって!『遠くまで光る道』って、変な名前!意味わっかんね!!」

「おい、人の名前を笑うなよ。失礼だし悪目立ちするだろ」

「変なものは変でいいだろ。それに俺たちは銀級なんだから、どうせ嫌でも目立つ」

「そうだとしてもだ」

そう話す三人の内、一人は俺を庇ってくれているようだが、他の二人は周りの空気を読まずに割と大きな声で俺の名前を馬鹿にしていた。

恐らく銀級である自分たちがこのクラスで一番の実力者だと思っての発言だろう。

金級ですら2~3年一人いるかどうかというそうだから、それも仕方のないことではある。

ちなみに神級は700年を超すこの王国史上でも一人も発見されていない、というか歴史上俺ともう一人以外発見されていないので、いると思う方がおかしいレベルだ。

俺は別段怒ることでもないと彼らの発言を聞き流していたが、隣にいるスミスはすぐに真顔になり今にも立ち上がろうとしている。

「お前たち、うるさい黙れ」

けれど俺がそれを抑える間もなくキャリード先生がぴしゃりと言い放ち、初日から英雄に叱られてしまった彼ら三人は顔を青褪めさせて口を噤んだ。

「ケニス・ウィナーズ、バートン・シュナイダー、エレリック・ファン。ここはお前らの家じゃねぇんだ。公共の場でのルールを知らないなら、今すぐ学び直してこい」

先生は確認のためなのか三人の名前を呼び険しい目を向ける。

金級の勇者らしい迫力のある目だった。

「は、はい…」

「申し訳、ありません」

「以後気をつけます…」

三人は先ほどの威勢はどこへ行ったのか、ガタガタと震えながら先生の言葉に答える。

ちなみにケニスが一番に笑った奴、バートンが同意した奴、エレリックが諫めた奴だ。

最初の二人はともかく、エレリックは巻き添えを喰らう形になってしまったな。

それを気の毒には思うが、気安い態度からして三人は友人関係なのだろうから連帯責任ということで。

「それと、一応言っておく」

先生はそう言うとスッと俺たちを指差し、

「あそこでお前たちの発言に怒りを露わにしているスミス・バンドルは金級の魔術師、そしてお前たちが馬鹿にしたレィヴァンは神級の勇者の資質を持っている。だから俺が担任になったんだ。銀級のお前らでは束になっても相手にはならんぞ」

と、勝手に俺たちの等級をクラス全員に教えてしまった。

なお、平民の俺に名字はないが、どこかの貴族であるスミスには名字がある。

自己紹介の時のように滅多に自らは名乗らないが。

『はああぁぁぁ!?』

いきなりそんなことを言われては当然クラスの皆は驚くだろう。

金級だって珍しいのに神級なんていう御伽噺みたいな存在が同級生にいるなんて、ある意味悪夢だ。

「あとな、その散々馬鹿にした名前も神からの天啓を受けてのものらしいぞ」

そしてさらなる暴露発言で、教室の空気が凍り付いた。

特に神から与えられた名前を思いっきり馬鹿にした二人は白目を剥いて泡を吹いていて、もしかしなくても気絶しているようだった。

そして凍り付いたということは、周りの面々も口に出さなかっただけで心の中では俺の名前を多少は馬鹿にしたということだろう。

彼らの発言をきっかけにという者もいるだろうが、神の行いを笑った者に同調した場合その罪は平等である。

どこの世界でも貴族、というか権力者は良くも悪くも信心深い。

中でも自分を銀級としてもらった彼らや、その他の銅級を与えてもらった生徒なんかは、きっと一族を挙げて神に感謝しているはず。

なのにその神が授けた名前を馬鹿にしてしまった。

神に唾吐くような行為は、彼らから思考力と行動力を奪っていった。

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