やっぱり優先順位は大事です!
余った小麦袋を縁の縁から上へ放り投げる。その音でこちらの位置がばれるかもしれないが、そんなことを気にしている場合ではない。これは時間との戦いだ。
全部上へ投げると、山ほどある袋を手にした剣で切り裂いていた。同時にサラさんに、こんなに絶対いらないと言ったのは間違いだったと心の中で謝る。そのおかげで生き残れそうな手段を見つけられた。一通り袋を切り裂き終えると、腰を低くして剣を後ろへ引く。
「斬撃!」
私の掛け声と共に、袋から真っ白な小麦粉が辺りへ舞い上がった。もう一撃、ただし今度は力を絞ったやつを放って、それを通路の奥へと送り込む。これでしばらくは光の矢も、炎の魔法は使えない。使えば小麦の粉塵が爆発して、この迷宮の上層部ごと吹き飛ぶ。
私は頭の中で確認した目印と岩の位置を描くと、私はその白い煙幕に隠れて通路を走り出す。この程度の記憶力と位置把握が出来ないようでは、迷宮に潜って生きて帰ることなどできない。それでも先ほど確認できなかった小石に躓きそうになるが、踏ん張って耐える。耐えるのも冒険者の仕事のうちだ。
「ゲホゲホゲホ――」
誰かがせき込む声が右手奥から聞こえてきた。おそらくミトだ。弦のない彼の弓は、ここでは何の役に立たない。前には前衛のカイがいるはずだが、彼も斬撃を全力で打てないはずだ。火花が一つでも上がれば全て吹き飛ぶ。
「流星!」
だがあり得ないことに、粉塵の向こうからミトの弓を放とうとする声が聞こえてきた。ちょっと待って。それを打ったら、私もろとも吹っ飛ぶぞ。そこで自分があまりにも間抜けだったことに気付いた。相手にこちらと同じだけ知識があるとは限らない。
「ミト、撃つな。爆発するぞ!」
前からカイの声が響いた。何がおきているのか、少なくとも一人は分かってくれている。それにカイは予想通りの位置にいた。でも安堵のため息など漏らしている場合ではない。その横をすり抜けないと、エマにはたどり着けない。
「
速攻呪文をとなえる声と共に、白いぼんやりとした明りが浮かびあがった。魔法で作った灯りだ。その淡い光の先に、白い粉にまみれたカイの姿が見える。カイは私が突っ込んでくる私の位置を確認すると、腰を落として剣を後ろへと引いた。彼は私と同じ斬撃使いで、一撃にすべてをかける。なので初太刀さえ避けられれば、次の一撃を放つ前に抜けられるはずだ。
私は彼の間合いに入る直前で、手にした剣を投げつけた。まさかこちらが投擲をするとは思っていなかったのだろう。カイは一瞬それを撃ち落とそうとしたが、粉塵の存在を思い出したらしく、慌てて体をひねって避けた。そのせいで態勢を崩す。その隙に私は彼の横を一気に走り抜けた。
この先には間違いなくエマがいる。彼女は魔法を使えない。使えば、私も吹き飛ぶが、前方にいるカイもミトも吹き飛ぶ。背後の二人が追いつく前に、エマの首へ短剣を突き付けられればこちらの勝ちだ。
でも私の予想に反して、闇の中に赤い光が灯った。その光に照らし出されたエマの目は、迷うことなく、まっすぐにこちらを見据えている。同時に呪文の詠唱も聞こえてきた。最初に彼女が見せた極大魔法、
私はこの子を、エマを舐めていた。いや、誤解していた。彼女は本物の冒険者だ。自分が生き残る最善の方法を、躊躇なく選んでいた。迫りくる死の恐怖に、手足が止まりそうになるが、歯を食いしばって走り続ける。たとえどんな状況だろうとも、心臓が動いている限り、生きるための努力を続ける。
『それが冒険者だ!』
これって、誰の言葉だっただろう。赤い光がひときわ輝くのを見ながら、そんなどうでもいいことが頭に浮かぶ。そう言えば、私の台詞は、全部のあの男の受け売りだ。どうして最後の最後で、私はあんな男の事を思い出すのだろう? もっとも思い出すべきことはいっぱいあるのに……。
でもあの男は正しい。全てが終わった訳ではない。私の心臓はまだ動いている。それももう終わりだ。エマの杖の先から、灼熱の炎が私へ向かって放たれる。
ヒュン!
燃え盛る赤い炎が、不意に消えた。手練れの冒険者たちが極大魔法をほとんど使わない理由、不発だったらしい。魔法や技はそれが大きなものになるほど、失敗する確率も大きくなる。それゆえ、よほどの理由がない限り、熟練者ほど極大魔法を使ったりはしない。もっともお姉さまたちは別格だ。あの人たちは並行思考を使って、極大魔法を速攻魔法並みに次から次へと唱えられる。
再び赤い光が杖の先に灯る。背後からこちらへと駆けてくる足音も聞こえた。でももう遅い。私は腰から短剣を引き抜くと、赤い光めがけて突進した。エマの持つ杖を短剣で切り裂く。その手から杖が落ちて床に転がり、エマがあっけにとられた顔で私を見る。
「キャ――!」
そして普通の女の子みたいに、大きな叫び声を上げて崩れ落ちた。
「では、アイシャの勝利を祝して、乾杯!」
アルフレッドを除く三人がグラスを高く掲げると、隠者の陰に金属の触れる澄んだ音が響く。
「でも最後のアイシャの疾走は、本当にかっこよかったわよね」
「うむ。流石は我が弟子」
顔と同じぐらい大きなジョッキを持ち上げたリリスが、薄い胸を張って見せる。
「リリス、勝手に弟子にするな。アイシャの師匠は私だ!」
さらに倍はありそうなジョッキを掲げたフリーダが、不満げな声を上げた。
「それよりも、最後は涙がうるんでよく見えなかった。エミリア、すぐに映像を巻き戻してくれ。しばらくはそれの繰り返し再生で頼む」
「はいはい。でも時間軸を操作するまで待ってね。これって結構難しいのよ」
「アル、何をボケっとしているんだ。お前も付き合え!」
「そうだそうだ!」
明らかにすでに酔っぱらっているフリーダとリリスに抱き着かれたアルフレッドが、うっとうしそうにそれを振りほどいた。そして二人を眺めながら首をかしげて見せる。
「お前たち、今回はずいぶんとおとなしくしてたな。少しは自分たちの立場を理解したのか?」
アルフレッドの台詞に、ジョッキを掲げた三人が顔を見合わせる。
「アル、もしかして、もう酔っぱらっているのか?」
「酒は一滴も入っていない。それにフリーダ、お前にだけは言われたくない」
「なら、分かるだろう」
「そうよ。アイシャがあんな出来損ないのおもちゃなんかに、負けるわけないでしょう?」
「所詮は宝具の力だ。アイシャに
「しかし、ただの宝具ではないな。いったいあれは何だったんだ?」
「あら、アル君も気づいていたの?」
アルフレッドの問いかけに、エミリアがジョッキを掲げて見せる。
「当たり前だ。呪いの類か? 明らかに使用者を操っていた」
「ちょっと違う。でも恨みも魂を持つ者の専売特許だから、当たらずとも遠からずというところか……」
「リリス、どういう意味だ?」
「人の魂を定着させていたみたいだな。そういう意味では、ちょっと変わった
リリスの言葉に、アルフレッドの顔色が変わった。
「魂を別のものに定着させるのは禁忌中の禁忌だぞ。エミリア、まさかお前の実験体か?」
「ちょっと、アル君。私のことを馬鹿にしていない? その口を鉄の茨で縫い付けるわよ」
「定着に依り代まで必要としているところを見ると、大したものではないな。少なくともエミリアの作品とは思えん」
「そうよ。私がやるなら完璧に宝具と一体化させて――」
「誰かがそれをやった」
アルフレッドの言葉に、エミリアもリリスも口を閉じた。そして考え込むアルフレッドへ肩をすくめて見せる。
「そうね。どこかの誰かが、私たちと同様に、この世界の
「そんなこと当たり前じゃないか。それよりもアル、酒が足りないぞ!」
フリーダはそう叫ぶと、酒樽を抱えて、その中身を一気に飲み干した。
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