君にはうちはまだ早い

ハシモト

美少女冒険者アイシャ、迷宮を駆ける

何かが後をついてくる

主な登場人物


・アイシャ・ウズベク・カーバイン


通称「アイシャ」。父親の遺言で神話同盟の冒険者になるがすぐに首になる


・アルフレッド


通称「アル」。伝説の冒険者パーティー「神話同盟」のリーダー、アイシャからは「嫌み男」と呼ばれている


・フリーダ・ガイアス


ガイアスの戦乙女にして、神話同盟の剣士。好きな物はアイシャ。趣味はアイシャの猫かわいがり


・エミリア


「神話同盟」の魔法職にして破戒僧。見かけは美しい女性だが中身は男。フリーダ同様に好きな物はアイシャ。


・リリス


「神話同盟」の魔法職にして謎な存在。見かけはまだ幼い少女だが、誰もがそれが実態とは思っていない。やはりアイシャが大好きだけど、猫かわいがりは出来ないでいる。嫌いなものはパール・バーネル(創世神)


・サラ・アフリート


ブリジットハウスのギルドの受付



 私の名前は、アイシャール・カーバイン。


 おじいさんから伝わったらしい、ウズベクドというミドルネームもあるが、どう考えてもごろがいいとは思えないので、おじいさんには悪いがなかったことにしている。


 それにアイシャールという名前は長い上に、どうも間延びして聞こえるので、普段名乗っている名前は「アイシャ」だ。


 アイシャこと私がいま何をしているかと言うと、そう大きくはないが、まあ小さくもない街へと続く水たまりだらけの街道を、大小さまざまな装備を背負って一人で歩いている。


 ちなみに私の職業はポーターではない。これでも冒険者だ。でもまだなったばかりだから冒険者見習いぐらいが本来の立ち位置かもしれない。でも冒険者も、冒険者見習いも、冒険者とあるのだからそれほど違いはないはず。

 

 それに一応は細身の剣を腰に差してもいるし、冒険者ご用達の革の鎧も身にまとっている。見かけに関して言えば完璧だ。


 だが先ほど降ってきた急な雨に濡れて、皮の鎧はまるで鉛で出来ているみたいに重い。それが水に濡れた匂いと自分のかいた汗の匂いが混じって、これはもう人間が発するとは到底思えない、いやあってはならない匂いを放っている。


 付け加えると、私の濡れたくせ毛の赤毛はもう残念としか言えない状態で、これがそのまま乾いた日には、まるで魔法使いの電撃を食らった後みたいになるのは間違いない。


 言い忘れたが私はこれでも女だ。しかも花も恥じらう16の乙女である。


 本来なら、年齢的に世間の男たちからちやほやされるべき存在の私が、何故に一人装備を背負い、雨上がりの道を滝のような汗を流しながら歩いているかというと、とある男から首を宣言されたからだ。


 そもそもなんで冒険者になったかと言えば、最近亡くなった父が冒険者をやっていて、とある冒険者チームを頼れと言われたからだ。その頼れと言われた相手になんと首を宣言されたのだ。


「アイシャ、君にはうちはまだ早い」


 そう私に首を告げた嫌み男、アルこと、アルフレッド・レオノールの言葉だ。その水色の冷酷の目を思い出すと、今でも腹の底から業火のような怒りが湧き上がってくる。


 もしかして他人から最高ランクの冒険者などと呼ばれてちやほやされると、「慈悲」という、人間として一番大事な言葉を忘れてしまうのだろうか?


「がんばりますので、見捨てないでください!」


 そう声を上げた私に対して、嫌み男は首を横に振るだけでは飽き足らず、それはそれは大きなため息までついて見せた。リーダーのアルフレッドの言葉に、フリーダとエミリアのお姉さま方も悲しそうに首をふるだけだった。


 昨日までは、あんなにやさしく接してくれたのに……。


 パーティーの最後の一人、私より年下に見えるお人形さんみたいな姿をしたリリスさんは、その黒い瞳で私をじっと見つめるだけだった。この人が何を考えているのかは私にとっては永遠の謎だ。


「行くなというところに、間違いなく足を踏み入れる。装備を忘れる。敵味方を取り違える。毎食飯をたらふく食べる……」


 嫌み男は私の前に手のひらを向けると、そう告げながら指を一本ずつ折っていった。確かにそれに反論することはできないが、やはり何かを学ぶには順序と時間が必要なのではないかと思う。


「そもそもこれらは、冒険者としての技術とか心構え以前の問題だ」


 そう告げると、アルフレッドは私に向かってまるで虫を追い払うかの如く手を振って見せた。かくして恩知らずの嫌み男によって、私は父が遺言で紹介してくれたそれなりに有名な冒険者パーティーを首になった。


 冒険者をやめて手っ取り早く、どこかの貴族の親父の囲い者などになるつもりもない。でもあの嫌み男の目が届く範囲では奴に遠慮して、私を雇ってくれるパーティーもない。


 つまるところ、冒険者稼業を続けるつもりであれば、嫌味男の目が届かないもっと小さな街の場末なギルドに行かねばならないのだ。


 かくして私、アイシャール・カーバインは、泥だらけの靴にうんざりしながらも、やっと見えてきた街の崩れかけた壁を見上げて、あともう少しだと自分を一生懸命に励まし続けていた。




「アル、さっきの雨雲、なんで吹き飛ばさなかったのだ。アイシャが雨に濡れちゃったじゃないか!」


 背中に長くおろした金髪の三つ編みを翻しながら、大剣を杖代わりに立つ女性が、そう怒鳴りながら背後を振り返った。その顔には憤懣やるかたないという表情が浮かんでいる。


 その視線の先では、灰色の髪を持ち薄い水色の目をした細身の男が、風にたなびく暗紫色のローブの襟元を引き寄せながら、怒鳴った相手にうんざりした顔をして見せた。


「フリーダ、ちょっとした通り雨をあいつのために超絶魔法を使って、何とかすべきだったと言っているんじゃないだろうな?」


 大剣を手にした女性が、男に向かって「はあ?」という表情をして見せる。


「その通りよ。風邪を引いたら大変ですもの」


 男の横から、言葉遣いは女のものだが、もっと低い中性的な響きを持つ声が聞こえてきた。そこでは濃紺の司祭服を着た、背の高い女性らしき人物が、前に立つ金髪で三つ編みの女性に向かって、深く頷いている。


「おいおい、エミリア。お前まで――」


「本当なら私が吹き飛ばしてやりたかったのだが、私がやるとあの子まで吹き飛ばしてしまうから、出来なかった! ガイアスの力というのは、大事な時になんて役立たずなのだ?」


 そう告げると、金髪の女性は手にした長さは自分の身の丈近く、幅は二の腕ぐらいまでありそうな大剣を天に向かって突き出した。


「あのな、フリーダ。ガイアスの戦乙女のお前の力の源泉にして、一族のアイデンティティーにそんな発言をしていいのか? 力を取り上げられるぞ!」


 それを見た男が、さらにうんざりした顔をしながら告げた。


「役に立たないものを、役立たずって呼んで何が悪いの?」


 フリーダと呼ばれた女性は振り返ると、今度はその大剣の切っ先を男の前へと差し出す。だが男はまったく動じることなく、単に女性に対して肩をすくめて見せた。


「そうよね。バフをかけちゃうとバレバレになっちゃうし。支援魔法も本当に不便。そんなことより、早くあの子の服を乾かしてあげないと」


 エミリアの言葉に、それまで無言だった黒髪の少女が、その人形みたいな顔に似合わない不気味な笑みを浮かべて見せた。


「エミリア、それならここの地下にちょうど火溜まりがある。それをつついてやれば、温度が上がって、すぐに乾くぞ」


 そう告げると、少女は荷物を背負ってよたよたちと歩く、アイシャの背後にある休火山らしきものを指さした。


「リリス、何の世迷い言だ? この辺り一帯を、二度と人が住めない土地に変えるつもりか?」


 男の言葉に、少女の黒い瞳が妖しい光を帯びた。


「世迷いごとを言っているのはアルフレッド、お前の方だ。この世界とアイシャとで、どちらを優先すべきかなど明らかだ」


 エミリアとフリーダが少女に同意する。アルフレッドと呼ばれた男は、思わず額に手を当てて見せたが、三人はそれを気に留める様子すらない。


「もちろんアイシャちゃんよね~。雨に濡れた革の匂いをさせているだなんて、本当にかわいそう」


「エミリア、すぐに浄化の呪文をかけろ。ついでに桃の匂いをアドオンだ」


「桃? 違うわよ。もっと甘酸っぱいやつね。イチゴ、イチゴに決まっているでしょう!」


 フリーダの言葉にエミリアが反論する。


「桃だ!」


 フリーダとエミリアが、互いに譲らずに顔を突き合わせた。


「おい、間違っても唱えたりするなよ! どう考えても、この世界の絶対的危険物を、全てまとめて俺に押し付けられているとしか思えん」


 とうとう耐えられなくなったアルフレッドは、二人の間に入るとそう声を上げた。


「そうだ。あれはとっても危険なのだ」


 アルフレッドの背後から声が聞こえた。そこではリリスが黒髪を風に靡かせながら、先ほど同様に、遠くに見えるアイシャの背中をじっと見つめている。


「リリス?」


 アルフレッドの問いかけに、リリスが真剣な表情でその顔を見上げた。


「あれはかわい過ぎて、とっても危険なのだ」


「そうよね~」「その通り!」


 リリスの言葉に、先程までいがみ合っていたフリーダとエミリアの二人が、互いに手を取り合って同意する。


「でもリリスちゃん。それならどうして、私たちの猫かわいがりに混じらないの?」


 相変わらず真剣な表情のリリスを見ながら、エミリアが首をかしげて見せた。


「我の最大の失敗だ。最初のキャラを間違えたのだ。パールバーネル創世神をぶちのめさなかった以上の失敗だ」


「リリス、最後に創世神の名前をさらりと言わなかったか? お前が言うとシャレに――」


「そんなことより、アイシャが街に近づいたぞ。危険物がないかすぐに確認しろ」


 そう口を開きかけたアルフレッドに対して、その襟元を掴んでリリスが叫んだ。その顔は相変わらず真剣というより、まるで何かに戦いを挑むかのようにすら見える。


「もちろんよ。今探索中!」


 アルフレッドに代わって、錫杖を前に掲げたエミリアが答えた。


「エミリア、いたらすぐに教えろ。神速を使って先にぶっ飛ばしておく!」


 フリーダも前に続く街道に向かって剣を差し出す。


「お前たちいい加減にしろ。あれに命の危険が及ばない限り干渉はなしだ。それがあれの為に必要だというのは、お前たちだって認めただろう?」


「不必要な干渉をしないと言う点については確かに認めた。だが命の危険というのを認めた記憶はないぞ!」


 リリスがアルフレッドに対して口を尖らせた。


「その通りだ。それになにこの焦燥感。今すぐ側に行って、あれだけの荷物を背負って頑張っていることを褒めてあげられないこの辛さ! その辺に雑魚とかいない!?」


 フリーダの叫びにエミリアも同意する。


「そうよね。ストレス溜まりまくり。ちょっと餌でも撒こうかしら」


 アルフレッドが慌てて二人を制止した。


「冥界から魔人辺りを呼び出そうとしているのならやめとけよ。あんな街なぞすぐに吹き飛ぶぞ」


「チョコレートだ」


 不意にリリスが声を上げた。その顔には普段めったに、いや、これまで見せた事のない、笑みらしきものが浮かんでいる。だが辺りに安らぎを与えるというものからは程遠い笑みだ。


「何だリリス、腹でも減ったのか?」


「アイシャにはチョコレートの香りが似合う」


「それよ、甘い香りよね!」


 リリスの言葉に、エミリアが手を叩いて同意した。そして錫杖を再び前へと掲げる。


「さっきから唱えるなと言っているだろうが! ちょっと待て、本気だな!」

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