はじめてのひとりぐらし

 一人暮らしをはじめた街は繁華街であった。

 それもかなり風俗街よりの繁華街である。


 部屋を決めた頃は大変忙しく、なおかつ、学部入試の合格発表前日であった。

 ここで決めてしまわないと、大変なことになると思った私は生協で言われるがままの部屋に決めた。

 曰く、近いとたまり場になって勉強に集中できませんよ。

 曰く、ここらへんは便利ですが、大きな道から一歩入ったところで落ち着いた場所ですよ。


 家賃の相場も知らなかったので高めの部屋であった。

 窓をあけても、隣のマンションの廊下しか見えなかったが、どうせ窓なんて本棚で塞いでしまうのだからと気にしなかった。


 三月末日になって、私は引っ越しをした。

 引っ越しと言ってもかさばるものは本ぐらいで、大型の家電は現地調達、服はたいしてもっていなかったので、身軽であった。

 電車で先に移動した私は何もない部屋で引っ越しの荷物を待ち、受け取ってしばらく部屋の整理をしているうちに外は暗くなった。

 

 部屋のまわりはたいそう明るかった。

 その明かりはネオンの明かりであった。

 ネオンが消えていると案外気が付かないものだ。私の住居はラブホテルと風俗店と飲み屋に囲まれるような立地にあった。

 「便利ですよ」という不動産屋の言葉を思い出す。

 何に便利なのか。

 

 外食をしようと外にでた私は「マッサージ」の勧誘をされた。

 少し飲んで戻ってくる時に、下着なのかドレスなのかわからない服をきたお姉様方が中年の男性を見送っていた。キャバクラみたいなものもあるらしい。

 まだ冷えるのに大変だなぁと思いながら家路を急ぐ。

 帰り道も「マッサージ」の勧誘をされた。

 薄っぺらい布団をしいて、寝ようとする時、外で怒号が聞こえた。

 身体が冷えたのは、春になってもなお寒い気候のせいだけではないだろう。


 後に学校で先輩たちに、「どうしてそんないかがわしいところに住んでいるのか」と散々笑われた。

 ただ、住めば都とはよく言ったもので、そんな街でもそれなりに愛着が湧いた。

 「マッサージ」を体験することはついぞなかったが、安い飲み屋はたくさんあったので、お金があるときは一人で飲みに行った。

 マッサージのお姉さんも、飲み屋の店員さんも外国の方ばかりで、面白いところであった。


 最近はネオンの光があまり見えないところに住んでいる。

 昔が少しだけ、懐かしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る