秘密基地

 幼い頃、ダンボールで家をつくった。

 廊下の片隅にある私だけの秘密基地である。

 中にお気に入りの本を持ち込むだけで楽しかった。

 そのころの憧れは本やテレビでしか見たことのないかまくらやイグルーだった。

 雪国に住んでいなかった私は、あの中でみかんを食べたり、ごろごろすることを夢見た。

 幼い頃から怠惰であったわけだ。


 さらに幼い頃のお気に入りのミニカーはキャンピングカーだった。

 後部のハッチが開いて、そこにはコンロとフライパンがしつらえられていた。

 その頃の私は目玉焼きもウインナーも好きではなかったが、ミニカーのフライパンの上にのった目玉焼きとウインナーはとても美味しそうに見えた。


 それから時が過ぎ、多少サバイバルチックな旅をしてから日本に定住した私は犬二頭とカジンと暮らしている。

 たまに犬と一緒に遠いところまで行きたくなる。そこで問題となるのが宿である。

 犬が泊まれる宿というのは、ないわけではないが、そこまで数は多くない。宿泊費も私にとってはお高めである。

 ならば野宿だということで、キャンプをするようになった。

 キャンプで使う小さなテントはなかなか秘密基地っぽさがあって、それが嬉しかった。


 ただ、これにも問題があって、野宿先で悪天候に見舞われると、大変だ。

 小さなテントでは犬たちの足も拭きにくい。

 の字というよりの字的に密集しないと寝られないスペースだと、雨雲が去るのを待つのもしんどい。


 それで、車を買い替えることになったときに、車を秘密基地化しようということになった。

 といっても普段遣いとヴァカンス用の車などと使い分けたりはできないので、外目には普通の車である。

 ただ中は断熱をして、ベッドとサブバッテリーを積んだ。

 電気ケトルでお湯も沸かせるし、電子レンジで弁当・惣菜も犬用の野菜も温められる。

 中でウインナーと目玉焼きとしゃれこむことは(車内が汚れそうだから)できないが、幼い頃の夢が部分的にはかなったわけだ。

 といっても、この秘密基地、できたばかりで、まだそこまで使っていない。

 

 そんなある日のことである。

 私のほうがはやく仕事が終わった日、カジンの仕事先に寄った。

 車は普段カジンが使っている。だから、カジンの職場の駐車場には、私の秘密基地がある。

 カギをもらって、中でしばらく待つことにした。

 

 秘密基地の中で温かい飲み物を入れ、それをすすりながら、読書をする。

 なに、これ? 楽しい!

 いいよ、そんなにはやく帰ってこなくても。残業代稼いできてよ。ヒモ的なセリフを吐いてしまった私はカジンにひっぱたかれる。それでもだ。それでも、そんなセリフを吐きたくなるぐらいに続いてほしい楽しい時間だったのだ。

 

 家に帰らずに駐車場で暮らしたくなってきたこの頃である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る