孤独な旅人、二人
昔、旅をしていたときのことだ。
アジア系が珍しい地域でごろごろと暇をつぶしていたある日、知り合いから声をかけられた。
「おい、レン! おまえのお仲間のドクターが来ているぞ」
私は医師でも看護師でもなかったが、自分用の常備薬を持っていた。
それを体調を崩した知り合いに分けてから、私は医者の一種のように思われてしまっていたのだ。
この地にいるアジア系は大抵の場合、中国系である。
留学生の先輩に「黒石さんの中国語は何を言っているのかわかりません」と言われた私であったが、挨拶ぐらいはさすがに通じるであろう。
案内された場所で麺をすすっていた初老の男に私はにこやかに声をかけた。
「
滑舌の悪い私は
カバンから紙を一枚取り出すと、「
そして、フランス語に切り替えて続けたら、男は悲しそうに首をふった。
横にいた現地の男が「彼はフランス語を話せない」と言って、中国語でおそらく通訳をした。
中国人医師はにこにこしながら、うなずいて、座るようにと身振りで示した。
紙と通訳の男を交えた不思議な会話がはじまった。
通訳の男はあまりやる気がなかったし、そこまで中国語ができないということで、筆談が主であった。
上海の医科大学を出た西洋医なのに、ここでは東洋医としかみなされない。
それどころか、皆が自分のことを薬の行商人だとバカにする。
そのうえ、ここの憲兵の嫌がらせはひどいから明後日には帰るのだ。
そのようなことを医師は言っていた(と思う)。
この地の汚職やアジア系への侮蔑的な振る舞いは私も常日頃から体験していたので、言葉は通じないながらも、それなりに共感して語り合った。
もちろん、言葉は通じないから、どこまで意思疎通ができていたかは不明だった。
この国最大の都市に大きな屋敷をもっていて、そこに住んでいる。
だから、◯◯に来るようだったら連絡してくれ。
彼はそう言って、私書箱の番号(家に郵便を配達するという制度がない国だったのだ)をくれた。
「お前らは普通に会話ができると思っていたよ」
帰り道、知り合いの男が笑った。
彼はどうしてこのような辺鄙な場所までやってきたのだろう。
彼はこの辺鄙な地をしばらくしたら出ていくが、それでも彼はこの国にとどまり続けなければならない。
私はこの国に永住したいとはとうてい思えなかった。
困難の連続だろう。ましてや、彼のように、あの年で公用語すらままならないのならば、本当に大変だろう。
彼がいかにして、この地に居を構えるまでに至ったのか、夜、寝袋にくるまりながら考えた。
結局、私はその街に行くことはなく帰国した。
手紙を書こうと思ったが、生来の筆不精で書かないでいるうちにいつの間にか私書箱の番号をなくした。
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