う◯ちというだけでえがおになるのはやめてねといわれるの巻
余は如何にして熟女好きお◯ぱい教徒となりし乎
前職で同僚がたいそう奇矯な行動におよんだことがある。
もともと妙なところはあって、それはクライアントたちから聞き及んでいた。
女性の同僚をしきりに可愛いといったり、付き合いたいといったりしていたそうだ。
そう思うこと自体は別に悪くもなんともない。
私だって好みの女性を見れば、可愛いと思うし、付き合いたいと思ったりする。ただ、それをべらべらと、それも職場でクライアントを前にしゃべったりしてはいけないだろう。
当然、その話は相手の女性にも伝わり、気味悪がられ、結果、彼は怒られることになった。
そのとき、彼は謝罪したのだが、ウケ狙いでしたとか言っていた。
典型的な謝罪になっていない謝罪であった。
「黒石くんさ、彼、ちょっとストレスで参ってきているのかもしれないから、いろいろ話を聞いてあげてよ」
上司は私に言った。
探れということだった。少なくとも私はそう理解した。
私は件の彼を誘って酒を飲みに行った。
カウンターだけの韓国料理屋だった。ひとりランチによく使うお気に入りの店で、できることならば、もう少し楽しく話のできる同僚ときたかったが、しょうがない。
「最近、大変だったみたいじゃん。安くていい店知ってるんだ」
チヂミを頬張りながら、彼の話に耳を傾ける。
話すことで客観的に自分の行為をみなおしてもらい、同時に別のことに目を向けてもらうというのが私の目論見であった。
彼は別の同僚への恋心を私に語った。
それのせいか、もやもやしてしまって、同僚に失礼なことをしてしまったと。
真面目な恋は別にかまわない。
「相手と話をする機会を少しずつ増やしていくといいかもね。まだ◯◯さんがフリーかどうかもわからないからね」
私はそんなアドバイスをした。それと同時にもう一度、ネタのように使った同僚にもしっかりと謝らないといけないよとも伝えた。
彼が恋い焦がれた相手と私は仲が良かったが、積極的に取り持つほどの信頼はまだ持てなかった。
結果から言うと、それで良かった。
仲の良い同期数名で旅行に行くことになったときの話だ。
参加者には彼の想い人もいた。
温泉につかって失った水分をビールで補給しはじめた頃に、彼女は語りだした。
――彼に突然、映画に誘われて困っている。自分には付き合っている相手がいるといっても話が通じない。
映画に誘うというのは陳腐かもしれないが、まぁ、ありだ。
問題は誘い方と事前情報の収集、そして失敗後の取り繕い方である。
「映画を見たい」、「チケットが余った」という古典的な建前を無視するなら、最初からデートに誘えば良いのだ。
そもそも、いきなりそんなものに誘う前に世間話で相手の境遇を聞けば良いのだ。
彼らの間に世間話のネタは山程あったはずなのに、なんと短絡的なことか。百歩譲って、それは単なる経験不足だとしても、彼氏持ちだと言われてなお迫るのはあぶなさすぎるだろう。
さしたる恋愛経験のない私から見ても、ダメそうな手を打ちまくって、あっさりと気味悪がられた彼。そのようなダメな選択を取り続けるのはどうしてか、わかってしまうような出来事を後に私は知ることになる。
喫煙所でのことだ。
上司が横にいる中で、彼は自分の昔の彼女の話をしだした。自分の過去の恋愛を体験を話すという行為自体は、職場で真っ昼間からとはいえ、休憩中ならば問題はない。私は真似したくないが、別にそこに倫理的に問題はない。
問題は、話の内容が倫理的にまずすぎるものであったということだ。
彼の昔の彼女というのが、当時であっても絶対にゆるされないたぐいの関係であった。
日本でそれが許されるのは、相当昔。私がぱっと思い浮かぶのは雀の子をいぬきが逃しつる的なあれくらいだ。
かくして、彼が同世代の相手をうまく誘えない理由をとてつもなく嫌な感じで知ってしまったわけだ。
悪夢がはじまる。
「黒石さん、今日、これからナンパいきませんか」
彼は満面の笑みで続ける。
「いいナンパスポットがあるんですよ」
やめてくれ、私は犯罪者になりたくないし、そもそもそのような趣味はないのだ。
「お◯ぱい!」
私は必死に抵抗する。
「俺、お◯ぱい星人なんで」
口から出任せであったが、これぐらいわかりやすくないと彼には通じないだろう。
「いや、最近の子はでかい子もいますよ」
いっそのこと、こいつを殴り倒してしまいたい。そのような衝動を必死に抑える。
「いや、その……熟女じゃないとだめなんです」
私は何を言っているのだろう。心のなかで涙を流しながら、私は逃走をはかる。
上司は大変だったなと後ほど声をかけてくれた。ほっとしたが、あのとき助けてほしかった。
クライアントに「熟女大好きお◯ぱい星人の黒石」という認識がいつの間にか広まっていた。あいつか、ひろめたのは。同僚に対する殺意が高まった。ただ、そもそも、その少し前は若紫について熱心に説明していたせいで、口の悪いクライアントたちからは「ロリコンの黒石」と認識されていたのだから、まぁ、こいつは些細な問題でしかない。
というのも、彼の奇矯な行動にはさらに拍車がかかっていったからである。
想い人の出待ちをするようになった。要するにストーカー化したわけである。
私たちは集団下校のように退社時刻を合わせなければならなくなった。
彼は恨みがましい目で私を見るようになった。
そんな目で見られても困る。私は彼女の友人であっても恋人ではない。君に嫉妬されるような身分ではないのだ。
しばらくして、彼は注意をうけることになった。
懲戒というやつだ。
詳しい理由は私のような下っ端は知らない。まぁ、知りたくもない。
数日後、彼はクライアントを放り出したまま来なくなった。
引き継ぎであたふたはしたものの、程なくして平和になった。
残されたのは、「熟女好きのお◯ぱい星人」という私のキャラ像だけである。
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