おでんバトル

 ある年のことである。

 バカの一人が「おでんが食べたい。おでんが食いたい。でんでんおでん、でんでんおでん、とりっくおあとりーとおやつくれなきゃボロリもあるよ」と叫び始めた。

 うるさかったので、押さえつけてジンギスカンキャラメルを口に押し込み沈黙させた。ただ、「おでんが食べたい」という言葉はバカたちの胸に刺さった。


 「おでんと燗酒」「冷えた身体、熱い抱擁、めくるめく快楽」「俺のがんもどき!」「でんでんおでん!」「私の体は出汁でできているの!」

 バカたちは自分の好きなことしか言わず他人の話を聞かないので、彼らが話し出すと学級崩壊よりもひどいことになる。

 しかし、このときは違った。奇跡的にも皆の心が通じあったのだ。おでんは偉大なり。


 おでんパーティーをしよう。

 一人が立ち上がると胸をはった。

 聞けば、おでん屋でバイトをしていたことがあるという。おでんに一家言あるバカがここにいた。

 バカが言う。

 「おでんというのは地域差のある食文化だ。ベース的なものは作っておくから、好きなタネをもってきな」


 パーティー当日、私はちくわぶを胸に抱えてスキップしてバカの家に向かった。

 静岡出身のやつは、どこで見つけてきたのか、黒いはんぺんのようなものを持ってきていた。その名も黒はんぺんというのだそうだ。

 そのままじゃねぇかと感想を述べると、「ちくわ」みたいな「ふ」だから、「ちくわぶ」も大概ですよと返された。

 言われてみれば、そのとおりだ。

 いくら私たちがバカといえども、そのようなことで言い合うのはバカすぎる。

 だから、「廉さん、股間の前にちくわぶ持って踊ってますけど、廉さんのそんなに立派じゃないですよね」とやつが言うまでは、鷹揚にかまえていた。その後のちょっとした修羅場については記さない。私は傷ついたのだ。


 さて、ちくわぶをめぐるちょっとした修羅場をとめたのは名古屋出身のバカだった。彼は私たちの間にすっと割って入ると、「あんたら、いい年してなにやってんですか」とクールに言い放った。

 ちなみに特にいれたいタネもないらしい彼は、タネについてもクールに決めていた。

 「そんなにこだわるもんでもないでしょ」


 私たちが持ち寄った地域タネも加えられたおでんが煮えるまで、酒を飲んで過ごす。

 いい感じにガソリンが入ってきたところで、バカが鍋をもってやってくる。

 湯気といい香りが鼻をくすぐる。


 ちなみにこのバカは西の方の出身でおでんの出汁にはこだわりがある。

 私は東国出身だが、母が西の方出身なので、おでんの出汁は澄んでいるのも黒く濁っているのもどちらも平気だ。

 私は彼の出汁談義というか出汁うんちくを聞き流しながら、どのタネから食べ始めるのかに悩み始める。

 

 事件はそのとき、静かに起こった。

 引き金をひいたのはクールに構えていた名古屋出身のバカだった。

 カバンから彼はお好み焼きソースのようなものを取り出して、どぼどぼと自分の取皿の中に投入したのである。

 甘い味噌の匂いが漂う。

 彼らのおでんはもともと味噌で煮込むか、そうでなくとも味噌的な調味料をあとから投入するらしい。

 コンビニのおでんコーナーにも味噌の小袋があるというのだ。


 「おれの出汁になにしてくれとんのじゃー!」

 怒号が響き渡る。

 先程まで自慢し続けていた琥珀のような澄んだ出汁が黒く染まっているのだ。

 「だって味噌入れないと、薄くて味がきまらないじゃないですか?」

 名古屋人が地雷を踏みぬく。


 ああ、これはとまらない。

 私たちはちゃぶだいを持つと、退避行動に移る。

 築年数こそ古いが広いというのがおでんバカの住処の売りだ。

 しょうもない言い合いをふすまでシャットアウトすると、私たちは心置きなくおでんを頬張った。

 バカにつける薬はないので、ほうっておくのが一番である。


 ちなみに味噌トッピングもあとで試してみた。

 みんな違ってみんな美味い。

 

 なお、おでんの話を思い出したのは次のエッセイを読んだからである。

 すらかき飄乎『おでんの書』

 https://kakuyomu.jp/works/16816927860221349541

 第四夜で私の大好きなちくわぶの話も出てくる。

 もう新しいシーズンは始まっているのではないだろうか。続きを楽しみにしている。

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