へっぴりごしでゆむしをきるの巻

彫刻を数える基数詞(ファミリー向けエロ回)

 私は芸術を解さない。

 これはもう家庭環境によるものだろう(と言い訳兼開き直りをすることにした)。

 家に書籍はほとんどなかったし、絵もなかった。後年、文化資本という概念を学んだときに思わず膝を打ったものである。


 母方の祖父はホラ吹きであったが、当時としてはかなり高学歴であった。

 祖父の家には本で埋め尽くされた書棚が壁に並ぶ書斎があり、廊下には絵が飾られていた。

 そのような家で育ったのだから、母も本を読むのかと思いきや、まったく本を読まない。

 そこそこの文化資本を相続放棄し、ホラ吹き遺伝子だけを受け継いできたようだ。

 ただ、美術や本を愛好するのが格好いいと思っているところがあるようで、やたらと美術館に行きたがる。

 考えてみれば、私の様々な過ちは、この母の影響なのかもしれない。


 それはさておき、ある年、母が外国の有名な美術館に行きたいと言い出した。

 「あんた、旅行の手配とかレストランの予約ぐらいできるでしょ」

 金はないが、それぐらいならばできる。

 というわけでコーディネーター件通訳として母と妹の旅行に同行することになった。

 それなりに頑張った。

 航空券を押さえ、おしゃれなプチホテルを押さえ、ひたすら通訳をした。

 蚤の市をはじめとした市場からブランドショップ、ファストフードからコース料理まで楽しんでもらった。

 

 そして、美術館に行く日になった。

 自分が芸術を解さない類のバカだとすでに悟っていた私は、ぼけっと眺めていた。

 どちらかというと、美術品を前にした人の動きのほうが面白かった。

 有名な絵画の前で自撮り棒を用いて一緒に写真を取りたがる人たちがいて、それが許されているのが日本とは違うのかもと思ったのを憶えている。


 母と妹は最初の方こそ、鼻息荒く美術鑑賞に勤しんでいたが、巨大な美術館だ。

 歩けども歩けども美術品ばかりだ。

 妹が音を上げ、程なくして母も飽きた。

 飽きても巨大な美術館はまだまだ出口まで結構な距離があった。そして、母は息子の性格の悪さを知っている。もう帰りたいと言い出したら最後、死ぬまでネタにされるだろうと思ったにちがいない。だから、あからさまに飽きていても、帰ろうとは言い出さなかった。


 でも、あからさまに飽きているのだ。もう高尚なふりをすることもできないようだった。

 そんな彼女たちは、そこら中にある裸体の彫刻を数え始めた。今まで飽き飽きしていた彼女たちが楽しそうにしはじめる。彫刻の数え方で楽しくなっているようなのだ。耳を傾ける。

 基数詞は「ほん」であった。

 ナニゆえにその基数詞を用いるのか、それはまぁ、おわかりの通り、彫刻にくっついているナニかの本数である。

 

 私がかくも下品に育ってしまった理由がナニかも、これでおわかりいただけるのではないだろうか。

 

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