チョコレートの思い出

 バレンタインデーという行事がある。

 残念ながら、あまり良い思い出はない。


 ケチのつけ始めは幼き頃で、どういうわけかもらった当日の帰りに「やっぱり返して」と言われた。貰った時にとても嬉しくなって、その子のことが好きになっちゃったりしていただけにショックもすごかった。

 精一杯の強がりで平然と返したが、帰宅後、母にすがってわんわんと泣いたことをおぼえている。ついでに女の子の名前は忘れてしまったが、彼女が私から取り戻したチョコレート、そいつをもらったやつの名前は今でも憶えている。佐藤くん、僕は君を許さない(逆恨み)。


 小学生の頃、足の速い同級生はもてた。

 私は足が遅い。当然、好きなあの子は、こちらを向いてくれない。

 二月には足の速い同級生が、その足の速さを発揮して、チョコレートを持った好きなあの子から逃走していく。

 チョコレート片手に涙ぐむあの子を見て、私はなんとも複雑な気分になったものである。


 ある年、担任の教師がいらないことを言った。

 「バレンタインデーにチョコレートをあげたい子は、クラスの男子全員にあげること。その場合は学校にチョコレートを持ってきても良い」

 確かにチョコレートはたくさん貰えた。

 ただ、本命チョコレートもたくさん目の当たりにした。

 チョコレートの持ち込み公認なのだから、普段以上に目にするのだ。

 チロルチョコや板チョコしか入っていないランドセルを家で開けるのは嫌だった。

 帰り道に全部食べた。胸焼けがした。


 成長した後に異性とつきあうという経験をすると、本命チョコレートというのも貰えるようにはなった。

 ただ、バレンタインデーといって真っ先に思い出すのは、取り上げられたチョコレートと帰り道で貪り食ったチョコレートである。

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