えいごとプライド

 英語がとても苦手だった。過去形で書いたのは単なる見栄である。

 

 「黒石はこれからはじめたほうがいいよ」

 高校三年生のとき、先生が手渡してくれた参考書は中学二年生あたりを対象にしたものだった。

 チンケなプライドが邪魔して「はぁ」と受け取ったきり、開きもしなかった。

 結局なんとなく適当にやり、低空飛行でごまかすことになった。


 滑り込んだ大学の必修の英語も私一人だけ抜群に点数が悪かった。一〇〇点満点のテストで(下から)二位に三〇点近くの差をつけてぶっちぎりの独走だ。

 単位をくださった先生にはいくら感謝しても感謝しきれない。

 あまりのできなさに当時付き合っていた女性に相談をすることにした。

 彼女は成績優秀者がもらえる奨学金を得ていた才媛で、なおかつ明るく可愛らしい子であった。

 どうして私のようなバカとつきあってくれていたのかはわからない。

 媚薬を使った、まじないをかけた、恋人としてではなく珍獣として愛でられているにすぎないと周りのバカたちは必死に理由を分析していた。

 失礼なと思ったが、気の良い私は怒ることもなく、ただ「前世からの功徳の積み重ねさ。未来永劫、非モテ道を輪廻し続ける君らとは違うのさ」と返したものだ。


 自慢話に夢中になっている間に話がそれてしまった。まぐれでホームランかっ飛ばしたらいきりたくなるのが人間だということで許してほしい。

 才媛だから英語も私なんかよりはるかにできたわけで、その彼女に私は英語の勉強法をたずねたのだ。

 「廉ちゃんはここから始めたらどうかな」

 彼女がやさしく教えてくれた参考書はやはり中学生向けのものだった。

 私は彼女の頭の良さも好いている理由の一つだったので、いいかげんチンケなプライドを捨てて、そこから始めることにした。

 中学生の参考書からはじめて高校生向けに進み、せっせせっせと勉強をした。

 大学院で曲がりなりにも英語の論文も引用できるようになったのはひとえに彼女のおかげである。


 もうひとつの収穫は、チンケなプライドなんてものはなんの役にもたたないことである。そんなことすら学ばないといけないくらいにダメなやつだった。今でもチンケなプライドの芽が少しでも出てきそうならば、すぐに抜いている。ただ、このチンケなプライド、雑草よりも繁殖力旺盛で気がつくと鼻毛のように風にそよいでいる。難しいものである。

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