腹に顔をうずめる

 犬は腹に汗をかかない。

 犬の腹はもちもちですべすべで常にじんわりと温かくて、とても気持ち良いものだ。

 安心しきって腹を出して転がる犬のその無防備な腹に顔をうずめるのは、至福の一時である。


 実家の初代、菊子(仮名)はその仮名からもわかるように、女の子であった。

 彼女は尻は軽くないが、腹は軽かった。

 散歩の最中に「かわいい」と言われようものなら、自分が注目されていることをすぐさま理解し、すぐに腹を出して愛想をふりまいていた。

 そういう子だから、家でも腹は出しまくりで、常にセクシーポーズで転がっていた。


 そんなセクシーポーズ、耐えられないぜ。

 私は彼女が腹を出すたびに腹に顔をうずめていた。


 菊子(仮名)が亡くなってしばらくしてから、両親は保護犬をひきとった。

 貫太郎(仮名)という名前がすでにつけられていた子はもう大人だった。


 その頃、私はすでに家を出ていた。帰省した私を貫太郎(仮名)は気乗りしない様子で出迎えてくれた。

 彼は犬嫌いで人に対しても警戒心が強かったが、しばらくすると腹を見せてくれるようになった。

 顔をうずめよう。

 そう思って顔を近づける。

 貫太郎(仮名)は、その仮名の示す通り、立派な男の子で、腹にはなんとも立派なナニかがついていた。

 「まぁ、ご立派」

 私は少しの間、視線を下に落とす。それから貫太郎(仮名)の腹を見た。むせび泣いた。

 泣き終わったあとに顔を近づけようと思ったが、どうにも立派なナニかに阻まれてしまって、顔をうずめることができなかった。


 後年、我が家に太郎丸(仮名)がきた。

 子犬なので、ナニかは私に自信を失わせるような立派なものではなく、私は心置きなく顔をうずめた。

 ほどなくして、私は太郎丸(仮名)にも「まぁ、ご立派」というようになった。

 ただ、慣れというのは恐ろしいもので、躊躇なく顔を埋められるようになっていた。


 「デカいね」

 そう言って、今日も私は太郎丸(仮名)の腹に顔をうずめる。

 「大きさじゃないよな、同志よ」

 そう言って、今日も私は次郎丸(仮名)の腹に顔をうずめる。

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