残心

 残心という言葉がある。

 つるしのワイシャツだとボタンをつけなおさないといけないとなどとのたまう(注)空手家と話をしていたときに、「ああご存じですか」とおっしゃっていたので、武道用語なのだろう。

 相手に攻撃を当てた後も油断せずにいつでも反応できるように心を残す。

 そうすることによって、攻撃が決まっていなかったときでもやられないようにする。

 それくらいの意味である。

 私は残心を常にこころがけ、とうとう別種の残心まで会得するところまでに至った。そのことについて書いてみよう。


 最近は随分と回数が減ってしまったが、少年指導の手伝いをしている。

 子どもというのは本当に上達がはやく、教えたことをどんどんと吸収していく。

 けっこうな強豪道場の子は下手な大人などよりはるかに強くなっていく。

 そう、教えた子は数年もしないうちに私なんかよりはるかに強くなるのである。

 

 指導のときには、どこで攻撃をしたらいいかを学ばせるために少し隙をつくってやる。

 隙をみつけて、すかさず反応できるように頭と身体に刷り込んでいくわけだ。

 ちゃんと攻撃できたら、褒める。

 「うむっ!」とかうなずいて、ジェスチャーで相手の攻撃がヒットしたことを褒めて伸ばす。


 私ぐらいの指導上手になると、私が隙をつくらないでも相手は反応して、バンバン攻撃を当ててくる。

 隙をみせたのではなく、こちらが隙をつくらされて思い切りやられるわけだ。

 さすがにそこで何もしないのは、指導者失格である。

 でも、さすがに子どもたちのほうが強くて手も足も出ませんとか講習会で言えない。

 言ったら最後、出入り禁止になりそうだ。

 だから、私はがんばって新しい残心を会得することによって、この逆境を乗り切ることにした。


 題して打たせ残心。

 「うむっ!」、にこやかにうなずきながら、動揺をひたかくす。

 まったく反応できなくても問題ない。やられたあとに、さも打たせてやったようにうなずいてやるのがポイントである。

 

 小学校中学年くらいまではだまされてくれる。

 大きくなったら、察してくれる。

 私は皆様のおかげで偉そうにしていられますありがとうございますありがとうございます。


注:ボタンをつけなおしてなお破けんばかりにぱっつんぱっつんであった。

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