ムーサイ
西洋古典語に憧れた時期があって、少しだけ手を出していた。
どちらのコースも中級以上の仏語能力必須という条件だった気がする。
ラテン語は、初級コースは文法を学んで例文を日本語訳する類だったが、中級以降になると、ラテン語を仏訳、日本語訳は任意でねみたいな感じだった。
古典ギリシア語はよりスパルタだった。フランスの高校生用の教科書がテキストで、テキストを読むのだってそれなりに大変だった。
手軽に見つかる辞書は希英か希仏で、希和はものすごく分厚く目の玉の飛び出るような値段のするもの(注)だった。こんなもの買う金もないし、置いておくスペースもない。図書館で見ることしかできない代物である。
ラテン語の時代ですらすでに失われていたアオリストなる相はよく理解できなかったし、活用や変格だけではなくアクセントの位置の変化規則まで憶えるなんてのは私の脳みそでは無理であった。
ラテン語は中級途中で挫折(というか忙しくなって通えなくなった)、古典ギリシア語は初級途中ですぐ挫折(こちらは本当に心が折れた)という結果だった。
ラテン語は頑張って復習すれば今でも簡単な文章くらいは読めるかもしれないが、古典ギリシア語は多分辞書すらひけないだろう。だいたい、私はABCの歌を歌いながらでないと英語の辞書だってひけないのだ。
ただ、おぼえている光景がある。
作品の名前もおぼえていないが、冒頭を講師が朗読してくれる。
アーンドレームーサイ――確か意味はムーサ(芸術の女神)たちよ、物語れであった――からはじまる歌うような言葉は今でもたまに思い出す。
枯れ木に目鼻をつけたような老人が力強く語るあの旋律はとてもとても美しいものだった。
(注)羅和辞典はまだ買える値段だった。手元にまだ残っていたが箱がないので定価はわからない。
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