だっこ

 太郎丸(仮名)は臆病であった。

 散歩に出始めた頃のことだ。彼は店舗のノボリが風にゆれるのを見て、怖くて動けなくなる。

 「あそこに何か恐ろしいものがいるので、今日はここで帰りましょう」

 目で訴えてくる。

 まだ一〇分も歩いていない。

 「じゃあ、帰るんだね?」

 「ええ、でもボクはどういうわけか足に力が入らなくて動けません」

 座り込んでぷるぷる震える太郎丸(仮名)を抱きかかえて帰る。そんなことを繰り返していた。


 太郎丸(仮名)は頑張る子だ。少しずつ慣れていく。

 ただ、はためくノボリの横はなかなか通れない。

 「この区間だけ、運んでもらえると助かるのですが」

 目で訴えてくる。

 太郎丸(仮名)を抱えて、ノボリの横を通り過ぎる。

 「おお、ワレぇ、ひらひら動いてんじゃねーぞ、怖くねぇーぞ、おらぁ!」

 先程までのビビりっぷりはどこにいったのかと思う俺様っぷりである。

 彼はだっこされているときは無敵であるらしい。


 太郎丸(仮名)はペース配分ができない。あるいはできないフリをする。

 少し足を伸ばした公園で好きなだけ遊び回る。

 「そろそろ帰ろう?」

 「嫌です! ボクはもっとここで転がりたいのです!」

 彼がそういうのなら、仕方がない。

 散々遊び回って満足して、帰ることになる。

 公園から出たところで彼は座り込む。

 「すみません。ボクはもう歩けません」

 目で訴えてくる。

 太郎丸(仮名)を抱きかかえて帰り道をひーひー言いながら歩く。

 「おーおー、ここからじゃと、よー見えるわー。絶景じゃー極楽じゃー」

 彼は上機嫌である。

 それだけ元気なら歩け。


 そんなある日、次郎丸(仮名)が我が家のメンバーに加わった。

 最初の頃こそドッグスリングに入っていた彼だが、そのうち自分でも外を歩けるようになる。

 小さいながらも彼は必死に歩く。

 太郎丸(仮名)は途中でだっこしてもらっている。

 そんな兄の姿を見ながら育った次郎丸(仮名)は、ある日、気づいてしまう。自分だってだっこをしてもらえるんじゃないかと。

 「兄ちゃんが歩けないときは、ぼくだって歩けないよ」

 太郎丸(仮名)の真似をし、その場で動けないと目で訴える。


 カジンと二人で散歩をしているときは、問題ない。

 問題は一人で散歩させているときだ。

 両手にそれぞれ一〇キロ以上の犬を抱えて歩く。

 太郎丸(仮名)はだっこされるのがうまいが、次郎丸(仮名)は下手くそでどうにもだっこしづらい。

 ひーひー言いながら歩く日々が続いた。

 しばらくして、次郎丸(仮名)はだっこがそれほど面白いものではないと判断したようで、散歩中にだっこをせがむことはぱったりとやんだ。

 おかげで私の腰はまだ大丈夫だ。

 太郎丸(仮名)は今でも好きなときにこちらに目で訴えてくる。

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