先輩と彼女とヘタレ

 異性に対して手のはやい先輩がいた。

 色々と面倒を見てもらったし、なによりも優秀な人であったが、恋愛関係に関してだけは擁護しようがなかった。

 端的に言うならば、クズである。

 どうも相手が常に傍にいてくれないと寂しくなるようで、遠距離になるとすぐに別の相手と関係を持ってしまう。

 切れ目がないどころか、ところどころ重なっていたりするので、どうしようもない。

 よく刺されずに生きているものだと驚くことがあるくらいのクズだ。


 異性が関係しないところでは彼はややバカな気の良い先輩であったので、よく一緒に酒を飲んだ。

 そんな先輩が教えてくれたことの一つに女性の口説き方というのがあった。

 曰く、「相手が弱っているところが狙い目である」。

 先輩の教えは(学問に関しては)色々と実践してみたが、この教えは実践する機会があっても思い切り見逃した。


 昔、私が好きになった子を先輩は素早く口説き落とした。

 周囲の女性の先輩たちからやめとけと忠告はあったようだが、彼女は恋に落ちた。

 「積極的にいかないから黒石さんは一人なの」とはその子がかつて私に言ったことで、たしかにその通りになったわけである。

 胸が少し締まるような思いがしたが、別に好きになった子がこちらを向いてくれないなどということは、私にとってはごく普通のことだ。

 気にせず、いや気にならないと自分をだましながら普通に接し続けた。

 二人はしばらくして例のごとく別れた。大方が予想した通りの結末になったわけだ。

 先輩はすでに別の彼女がいたから平気であったが、相手はかなり引きずっていた。

 私はもはや異性ではなく相談相手の一人みたくなってしまっていたので、何度か愚痴を聞かされた。

 ああ、多分ここが先輩のいう「狙い目」なのだろう。

 私は理解したが、見逃した。

 高潔だったからではない。ヘタレだっただけである。

 その証拠に終電がなくなったという彼女を自分の部屋に泊めたことがある。

 もちろん、私には下心しかない。

 しかし、先にも述べたように私は極度のヘタレであった。彼女の話に耳を傾け、彼女に自分のベッドを貸し、自分は風呂場でタオルケットにくるまって寝た。

 翌朝、ドキッとするようなことを言われて、このまま告白してやろうかと一瞬思ったが、ヘタレの私はありもしない罪悪感を理由に何もしなかった。朝食を作り、一緒に食べた後、彼女を駅まで送っていった。弱っているときにつけ込むのではなく立ち直ったときにデートに誘うべきだ。微塵も思っていないことをひねり出したわけだ。

 結局、彼女とは付き合う機会はなかった。

 それで良かったかなと思っている。


 まぁ、この話に落ちはない。

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