頭髪考
長くは肩口くらい、短いときは五厘まで色々と長さを変えた。
五厘のときはとても便利だった。
石鹸で頭まで洗えるし、風呂上がりに頭をふるだけで髪というか頭が乾く。
ただ、おしゃれ的なものを考えるともう少し長いほうが良いだろう。
おしゃれといえば、美容院だ。美容院にいかねばなるまい。
というわけで、大人になってはじめて美容院に行くことになったときの話である。どのように頼めばいいかわからないと正直な気持ちを吐露した私に不実な後輩は言った。
「モテる髪型にしてくれって頼むんですよ」
人を疑うことを知らない私はそれをそのまま言った。美容院で苦笑されたのは言うまでもない。
私は当然激怒した。激怒の原因はもちろん不実な後輩である。おい、◯◯ゆるさねぇと拳を握りしめ歌いながら、大学へと向かった
しかし、美容師さんが頑張って仕上げてくれた髪型はけっこう評判が良かったので、握りしめた拳を緩めて人差し指を立てるとトラボルタの真似をすることにした。
「モテる髪型」を毎回注文するバカな客を担当することになった可哀想な美容師さんには申し訳ないが、あれはすべて後輩(バカ)のせいである。
実は髪というのは、はやい人は十代のうちから寂しくなってくる。
髪をつんつんに立てていた別の後輩も若いうちからきてしまった者の一人だった。
つんつんヘアーは地肌の色が目立つようになり、いつしかソフトモヒカンになり、最終的にはユニコーンみたくなった。
「◯◯さん、イッカクみたいでかわいいです」
という天然系の後輩の一言のあと、彼は頭を剃り上げた。
この男は、私が後輩(バカ)に騙されたとき、横にいながら一切の注意喚起をせずニヤニヤしていた。それゆえ、あまり同情はしなかったが私は先輩である。懐のひろいところを見せねばならない。
「今度一緒に美容院行って、僕と一緒にモテる髪型って頼もうな」
精一杯励ましてやって、私の器の大きさを知らしめてやったものだ。
かくいう私も実はスキンヘッドにあこがれている。
ただ、あれはなかなか大変そうだ。毎日剃らないといけないだろうし。
ある程度の覚悟かあきらめがなければ手を出せないのではないか。
いつだったか、スキンヘッドの先輩に聞いてみたことがある。
「先輩はいつあきらめたんですか?」
「いや、黒石くん、私はあきらめたわけじゃないから。髪あるから」
先輩はいかにも心外だという様子でおっしゃった。答えは得られなかったわけである。
スキンヘッドから(横だけ髪の毛がある髪型に)戻した大先輩にもうかがってみた。
「すごい格好良かったのにどうして戻しちゃったんですか」
「風邪こじらせて肺炎になったからや」
ヘアレスドッグが寒さに弱いように、ヘアレスヘッドも寒さに弱いらしい。なかなか大変そうである。
大先輩は私の頭を見るたびに「髪があると色々な髪型が試せてええな」とのたもう。寂しくなった人を見るたびにニコニコしながら「そろそろあきらめたらどうや」と謎の勧誘をされている。
私は私で頭の形の良い大先輩が少し羨ましい。
髪はあってもなくても悩みはつきない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます