煙が目にしみる

 元喫煙者である。

 私の知る範囲だと喫煙者の多くは吸っちゃいけないよと言われている年齢層でタバコに手を出すいけない者が多かった。

 私は成績以外はいい子なので違う。どういうわけか、違うというのに恥ずかしさを感じてしまうが、私が吸い始めたのは二十歳すぎてからである。

 タバコや酒は未成年からやるものよ的な不良文化に微妙に毒されているのが恥ずかしさの原因の大半であるが、それだけではない。

 手を出した原因が失恋関連だからである。

 学部時代ずっとつきあってきた相手に振られた。ある日、再会したとき、彼女が新しい彼氏の影響で喫煙者になったというのを聞いた。

 私は姉のように慕っていた年上の友人に泣きながら愚痴った。彼女は私にタバコを一本くれた。私はむせながら、それを吸った。

 私の指にはタバコの臭いがこびりつき、ほどなくして、それが当たり前になった。

 体調は悪くなった。あの頃、私はストレスにさらされ続けていたから、タバコのせいかはわからない。ただ、頭痛持ちになったのはあの頃からだ。

 タバコを吸いながら本を読み、側頭部をもみながらうめき、タバコをふかしながら書き物をした。

 そして(タバコの火の始末だけはしっかりとしたうえで)気絶するように倒れ込み、夢の中で考え、悪夢におびえる。酒とタバコとストレスにまみれて、自分の尻をたたき続けた。


 内田百閒は幼少時に薬としてタバコを吸いはじめて、ずっと吸っていたらしい。

 うらやましい。

 私に最初の一本をくれた年上の友人は若いうちに私を置いていなくなってしまった。

 勝手だよ。後を追って人生をやめるわけにもいかない。せめてもということでタバコをやめようと思ったが、これもなかなかやめられない。それでも後にタバコはやめられた。


 禁煙してから頭痛の回数は多少減った。

 もう一度タバコを手に取る気にはならない。ただ、あの火をつけて吸い込む一時はそれなりに良いものであった。

 タバコをやめてもなお弱くなったままの喉で咳き込みながら私は自分の作品の登場人物にタバコを吸わせる。

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