異国の和食と海原◯山

 和食が食べられないところに行ったことがある。

 そのようなところであっても中華料理店は存在する。

 長粒米のご飯にそれほどの抵抗感はなかったので、故郷の食が恋しくなったときは中華料理店で擬似的にいやした。

 故郷の飯への飢えを抜きにしてもレベルが高い店で好きだった。


 グローバリゼーションの時代だ。そのような国にもとうとう日本料理店はやってきた。

 私はちょっとうきうきしてお高めらしいそのお店に先輩を誘って行くことにした。

 いざとなったら、たかるつもりである。いざとならなくても、たかれそうならば、たかるつもりである。


 和風だが、どこか違和感のある内装の店内で、ねじり鉢巻と法被姿の店員が迎えてくれる。

 餃子と握り寿司とうどんとトンカツが並ぶカオスなメニュー。

 先輩が餃子と握り寿司を頼んだことは覚えている。

 「餃子はあそこの中華屋で食えるじゃないですか」

 「いいえ、私は焼餃子が食べたいのよ。あそこだと水餃子しかメニューにないじゃないの」

 そんな会話を繰り広げる私たちの前に餃子が運ばれてくる。

 小皿にはあらかじめ、タレらしきものが注がれている。

 あらかじめ頼んであった生ビールをぐっと飲む。ああ、この地で生ビールと餃子という組み合わせに巡り会えるとは!

 私は先程ケチをつけたことも忘れ餃子にタレをつけてぱくつく。

 違和感、なんか甘い。

 餃子の油が浮いたタレを舐めてみる。

 「これ、麺つゆっすね」

 私の言葉に先輩が苦笑いしてうなずく。

 「どこかで間違えちゃったのかしら。海外あるあるよね」

 このときの先輩の笑みはまだ仏のそれであった。


 握り寿司がやってきた。

 しかし、醤油と小皿がこない。

 「醤油と小皿もってきてよ。ほら、寿司につけるあれだよ」

 私は店員を呼んで頼む。

 店員は少し戸惑いの表情を浮かべた後に言った。

 「そちらをお使いください」

 彼の指が指し示す先には餃子の油の浮いた麺つゆの入った小皿があった。


 やさしい先輩の顔が憤怒の形相に切り替わった。

 見たことはなかったが、大魔神という特撮物を私は思い出していた。

 「店主をよべぇーい!」

 大魔神が放つ怒号はどこかで聞いた、いや読んだことがあるようなものだ。

 まさかリアルで海◯雄山のセリフを聞く日が来るとは思わなかった。


 店主が現れる。

 私どもは本場物を取り寄せて使っていますという店主が手にしているのはもちろん日本製の麺つゆ。ここらで売っているのなんて見たことがないから本当に個人で輸入しているのかもしれない。

 努力は認めるが、明後日の方向に走り出している。

 先輩はいつの間にか穏やかな表情に戻り、懇切丁寧にそもそも使うものが違うということ、近くのスーパーで売っている中国製の醤油を買って使ったほうがよいことを説明していた。

 そのアドバイスが実行されたかどうかはわからない。

 ほどなくしてその店は潰れてしまい、私は結局中華料理屋で野菜と肉の炒め物を食って英気を養う生活に戻ったからだ。


 食べ物や食べ方というのは本当に難しいものだ。

 私は帰国前に立ち寄った国の日本料理屋で味噌汁の椀に入ったレンゲを見たときもそんなことを感じた。

 そういえば、昔はビビンバは混ぜるものだなんて知らなかったし、スパゲティはフォークとスプーンを使って食べるのが正しいと思っていたし、チャツネは今でもどのようにして使うものなのかよくわかっていない。

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