蓼食う虫を求めて

 蓼食う虫も好き好きということわざがある。

 あばたもえくぼなどということわざもある。


 人の好みはそれぞれで、恋人同士の関係性もまた複雑なものだ。

 

 若い頃、酒を飲んでいたときのことだ。当時、夜間外来の受付バイトをしていた友人が酒を飲みながら恨み節をくりだした。

 夜間にはドメスティック・ヴァイオレンスとしか思えないような状況で怪我をし、運び込まれてくる人がいると。

 自分はそんなことを絶対にしないのに、世の女性は自分のことを見てくれない。どうしてなのだと彼はうめく。

 実際、彼は優しかった。ただ、とても奥手であった。

 好意をもった女性の話をずっと聞き続け、当然存在していたであろう下心をひたすら抑えつけるようにして相手に寄り添ったらしい。

 結果として彼はその女性から絶大な信頼を受け、「異性ではなく盟友」として彼女に認められたそうだ。最近は恋愛について相談を受けるのだという。

 私はだまって彼のグラスにビールを注ぐことしかできなかった。


 容姿の好みにしても人それぞれであるが、ここらへんは書き尽くされたことだろうからここでは触れない。


 口説き方にしても色々で、傍から見るとそんなアプローチが良いのかと思うものもある。

 周りがドン引きするような口説き方をのろけ話として語る子もいた。

 そういえば、先日『ブラスト公論 増補文庫版』というものを読んでいた。

 元はかなり昔のものであるので今の基準で見ると違和感をいだくものもたまにある。それでも男子校の部室の臭いただよう名著で、リアルタイムで知らなかったのがもったいなかったと思う一冊だ。

 そこで『モテる技術』という本が話題になっていた。

 実は私はこれを読んだことがある。読んだ理由はモテたかったからだ。他に理由はない。あるわけねーだろ。

 ブラスト公論でも突っ込まれていたが、『モテる技術』の要は数撃てばあたるだ。読んだ当時の私もその話が出たあたりですっと本を閉じた。それから後輩に押し付けた。

 きわめて合理的でドライであるけれど、それは恋愛観を根底から変えないといけないだろう。

 

 同級生でこれまた同級生を口説こうとして一瞬で玉砕した男がいた。

 自分を棚にあげて言うが、全身からモテないオーラを発しているような男だった。

 女性をあっというまに退散させる非モテ界のラオウのようなオーラを発していても、恋に落ちることもある。

 彼は、母音二〇で口説き文句を繰り出し、「あたし彼氏いるから」と断られたそうだ。一〇母音の痛恨の一撃。

 合計三〇母音の失恋。連歌よりも短いコミュニケーション。

 相手がフリーかどうかぐらいリサーチしておけよと思ったものだが、彼は結局その後恋愛のレの字もにおわせないまま卒業し、郷里に戻っていった。

 彼が『モテる技術』式にかたっぱしから同級生に声をかけていったらどうなったのだろう。

 少人数の集団だったから、二人目に声かけたあたりで性欲ハゲみたいなあだ名をつけられて終わりかもしれない。

 恋愛観を変えたとしても彼には勝ち目はなさそうである。


 現在はマッチングアプリなどというものが普通にあるという。

 あの頃そのようなものがあったら、私たちはどうしていただろう。

 蓼を食ってくれる素敵な女性に出会えただろうか。

 いや、だめだったろうな。そもそも、そろいもそろって知らない人と話せないやつばかりなんだから。

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